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灼熱は真実を捉えるのか 8-2

 サミュエル=ジョーンズは、一瞬たりとも身動きを取ることが出来なかった。


 アドバンテージはこちらが握っていたのだ。姿を消し、いつでも死角をつく準備はしていた。


 なのに、何故サミュエルは身動きが取れなかったのか。


 不知火オーディン大和。金髪で右目を隠し、日本人離れした風貌の魔術師。

 あの男は何者なんだ。一体彼は、この数秒間にどれだけの魔術を使ったのか。探索魔術はいくつ発動された。あそこまで瞬時にいくつもの魔術が発動できるものなのか。同じ魔術師であるサミュエルには理解が出来なかった。


 その上、炎の防御壁をつくり出したかと思えば、それはまるで龍のように蜷局を巻いて宙をうねり、それは糸のような細さで辺りに散らばった。


 そして、またも不知火は魔術を使う。

 赤い糸がか細い龍に変わる。


 それを見たサミュエルは、もはや動く気も失せていた。夕暮れも近い空に、美しい模様を描く鮮やかな篝火が映え、見惚れていたと言っても過言ではない。


 これが『本物』か、と。ただ嘆息が漏れた。


 自分がどれだけ狭い世界で生きてきたかを思い知らされるかのような、自分という人間の小ささを指摘されているような、そんな、圧倒的な『本物』。


 ――こうも早く破られてしまうのか。


 そう呟いた。


 直後、サミュエルは、不知火ら日本の魔術師の前に、その姿を現した。



     ***



 ガラス細工が壊れるような高音が周囲に連続して響いた。全てが砕かれた音だ。


 遊園地をガラス箱が覆いかぶさっていたかのように、鋭い音と共に空からは破片が雨の如く降り注ぎ、それらが地面に叩きつけられる音は固く、とても未就学児向けの子供を遊ばせておく場所とは思えない程、一面が危険で埋め尽くされた。


 そして、不知火オーディン大和、神田川英明の前に、一人の魔術師の体躯が堂々とした出で立ちで存在していた。


 サミュエル=ジョーンズ。


 二メートル近くある体格は、何故今まで見えていなかったのかと首を傾げてしまいたくなる程大きく、小さな遊具が並ぶ園内では妙に目立っていた。


 不知火は額を流れる汗も拭わず、坂になっている園内で、魔術師、サミュエル=ジョーンズを見上げるように睨む。


 園内が、より明確な闘気で満ちていく。


「お前は、何者だ?」胸元に掛けられた十字架を握りしめ、サミュエルは金髪の魔術師へと言葉を投げかける。単純な疑問だった。


 不知火の魔術発動のスピードは魔術師のスタンダードからはかけ離れ、一目見ただけでも、惜しむことなく天才と呼べる。見るからに若いが、にしては当意即妙に動き過ぎている。


 何者だ? と思わず口にしたのも、本音だからだ。


 対する不知火は、「しがない魔術師としか答えようがないが、それで納得するのかい?」と返す。


 当然、サミュエルは腑に落ちない。答えを求めていたということではないからだろう。どう答えられても満足はしない。


「どうやって、俺の魔術を破った」


 サミュエルが仕掛けた魔術は、そう容易に壊される単純なものではなかった。


「どうやって、か。まあ、焦ったことは確かだよ。あれだけ索敵用魔術を使っても君の姿をこの目で捉えることは出来なかったんだからね。でも、想定外が目の前にあったとしても、その想定外をも打ち破る力を有していなければ、一流とは言えない。対処する術は、いくらでもある」


 淡々と、なんの淀みもなく不知火は言うが、それこそ、言うは易く行うは難し。本来はそういうものだ。魔術師のスタンダードは、そこまで高レベルではない。


「人の知識には限界がある。全ての魔術を知ることは出来ない……だが」そう言いながら、不知火は人差指でこめかみを二度叩き、「(ここ)では解決できないものを補うためにある魔術だってあるんだ、と僕は思っている」


 つまりは、あの蜷局を巻いた炎の龍のことだ。


「あの炎はね、君みたいな魔術師には天敵なんだよ。どこに隠れていようが、魔術を使う為に魔力が行使されている以上は、そこを突きとめ、根源から食らい尽くしてしまう。もちろんそんな魔術が低リスクな訳がないから、進んで使いたいものではないんだけどね」


 サミュエルの眉間に力が入る。


「僕も驚いたよ。君の魔術のトリック。つまりあれは、君自身の姿を消す魔術でもなければ、僕らの視点を君に合わせないようにする『焦点外し(アウト・オブ・フォーカス)』でもない。君は自身に魔術をかけてもいないし、僕らに何かをしたわけでもない。単純に、この小さな遊園地内にだけ魔術を発動していたんだ。つまり、遊園地という名の君のフィールドに入ったその瞬間に、僕らは君の術中にも入ってしまっていたということになる。

 そもそも考えれば分かることだったんだけどね。最初に僕らがこの滝公園に来た時、僕らはこの遊園地の存在を認識できなかった。通常の人払いが魔術師にさほど意味を成さないことを思えば、この遊園地自体がなんらかの魔術的補助を得て姿を隠していたに他ならないということに行きつく。思慮が浅かったことをたった今恥じている所さ」


 この不知火の言葉は、サミュエル自身にはいまいち響かなかった。どういうことなのかが、未だに理解出来ない。何故なら。


「あれだけの()を、あの一瞬で処理したと、お前はそう言っているのか?」という一言に凝縮されていた。


「ああ。そういう意味だが」そこには、不知火の答えが詰まっていた。「サミュエル=ジョーンズ……、君は随分と手の込んだことをしたようだね」


 不知火はサミュエルから目を離さぬまま、ただ手で視線を誘導するように動かし、サミュエルの魔術の根源を明かす。



「まさか、この園内や周囲に二千個もの十字架(・・・・・・・・)を配置しているとは予想もしていなかったよ」



 サミュエルはさらに表情を強張らせた。眉間の力は、全体に行き渡って行く。


「その反応を見る辺り、間違いはないと判断していいようだね」


 二千個の十字架。

 それは、サミュエル=ジョーンズにとっての、切り札の一つ。


「君は多数の十字架を配置することで、この遊園地内に余すことなく魔力を充満させ特殊なフィールドを創り上げたわけだ。僕はこの魔術が何なのかを知らないから何とも言えないが、僕らが立っている場所は、言ってしまえば遊園地の形をした別の何処か、になっていたんじゃないかな。そして君は僕らに攻撃をした時だけは、何故か姿を見せていた。それはきっと、『本当の遊園地』と『魔術により創られた遊園地』との境界を君自身が破らないことには、僕らに手を出すことが出来なかったからだ。違うかな?」


 と訊ねた所で答えを返すサミュエルではない。


「様子を見るに、君が魔術を発動する為に必要とする『魔術媒体』は先程の藁か何かで出来た玉。そして十字架は、君の魔力を拡張させるもの、かな。と考えると、その胸元の十字架は君の力の源と考えてもいいかもしれない」


 構わず話す不知火は、そこに明確な意図を持っていた。


 瞬きをして、息を吐く。嘆息ではなく、言葉を紡ぐ為の一呼吸。


「さて、サミュエル=ジョーンズ。君の魔術は破壊され、種も明かした。もはや君に比較的有利な状態は失われた訳だけど、どうする? 大人しく投降するなら、こちらも無駄な血を流さずに済んでありがたいのだけど」


 不知火はサミュエルに対し、あくまでも優位性を持って話しかける。


 諦めろ――と。


 だが、サミュエルは口角を上げた。その表情と殺気が、不知火の言葉を否定する。


「……そうかい。残念だ」不知火は、今度こそ嘆息をした。


 神田川は針金を手にし、不知火は赤石を、サミュエルは藁の玉を。それぞれがそれぞれの魔術を行使し、自らが為すべきことを完遂する為に。


「ここからは数の暴力だ。二対一。不意打ちならともかく、魔術師同士の争いにおいて、どれだけ数の優位が戦況を左右するかは分かっているだろう? 分かっていて対峙するなら受けて立とう。一切の容赦なく僕らが勝たせてもらう」


 不知火の一言は、開戦の狼煙となって。


「行きますよ、神田川さん」

「言われずとも」


 火蓋は切って落とされた。


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