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寒々しい世界でも 4

 クリスマスという日をここまでおざなりにしたことは今までになかった。


 誰も何かを用意する気力などなかったし、そもそも祝うような気分でもない。それでも職場に来てみたら人が集まっていたものだから、仕方なく料理の一つや二つデリバリーしてみようじゃないか、ということでテーブルに並べられたLサイズのピザが三枚。コーラとオレンジジュースとサイダー。少なくとも、包帯だらけの人間が食べるようなメニューではなかった。


 一応は乾杯をし、メリークリスマスとは言わなかったが、まあそういうことだ察してくれといった様相で皆が飲み物を口に運ぶ。


 日本魔術協会、大魔術廃絶部の面々は、静かなクリスマスを過ごしていた。


 大騒ぎする体力が、まだ戻っていないのだ。


「そういえば、刀は協会本部に保管されることになったそうだ」口火を切ったのは不知火だった。


「出海結が所有権を手放した瞬間、刀は二振りに戻ったらしい」


「へぇ、そりゃ凄い」和川は肉がのったピザを口いっぱいに頬張った。


「SSパッケージは、大嶋愛生に痛めつけられた者は快復にはほど遠く暫くはベッドの上、残りの三名は皆軽傷で、既に釈放された」


「もう釈放? まあ、刀盗んだだけだしな。そもそもは千林が仕組んだことだって話しだし……いや、俺切られたわ。刀盗んだだけじゃねえわ。何か色々ありすぎて忘れてた。そういえばまだ肩痛い」


「でも不思議ですね。罪は軽いと言っても刀を盗んだ訳ですから、それなのに即釈放って、魔術師の犯罪にそんな甘いなんてことあったかな」


 首を傾げながら、涼風はマルゲリータを一切れ手に取った。


「それは僕らが与り知るところではないね。何かしらの都合ってものがあるんだろう。この手のことにはつきものさ。渦巻いた思惑なんてものは想像を遙かに凌駕するよ。予想の矢を放ったところで、所詮的外れか、的を射たところで僕らはその矢の行く末を知る術がない。的は暗闇の中にあり、矢の先端に僕らの感覚器はないからね」


「難しいこと言ってないでお前もっとピザ食えピザ。元気出ねぇぞ」


「ピザで回復するなら食べるとも。だがそうもいかない。もっと栄養バランスに気を使って、消化に良いものを摂ることが望ましい」


 マジめんどくせぇなこいつ。と和川がピザをコーラで流し込むと。


「とは言え。ジャンクな食べ物も、存外嫌いじゃない」てりやきチキンのピザを、不知火は口に運ぶ。


 涼風は不知火のその姿と、マルゲリータの味に幸せそうな表情を浮かべて、「もっと色々買うべきでしたかね?」


「サラダくらいは欲しかったかな」


「いらねぇ」和川は吐き捨てる。「でもケーキは欲しくなるなー。あとフライドチキン」


「うちも少し思ったんですけどね。どっちのお店も混んでたんでやめました」


「予約もなしに買うのは無謀だよな」


「ピザ、三時間待ちでしたもんね」


「だからこそ美味い」


「ですね~」


「相変わらず呑気だな君たちは」


 何だかんだで、気の置けない仲間が集まって、特に何をするでもなく並べられた料理に舌鼓を打てば、堅苦しい雰囲気も途端にクリスマスのそれになる。


 聖夜を祝う気分にはなれない。しかしどこかで楽しもうという気持ちはあって、それこそが、一人じゃないことの意味なように思えた。


 だだっ広い大魔術廃絶部に、三人の話し声以外は殆ど存在しない。ほどよく静かで、それなりに賑やかだった。


 外は暗く、ここは明るい。


 涼風はマルゲリータの耳をかじりながら、こもった声で、


「ところで先遣ってどうなったんですかね。何かガタイのいい人が運んでいきましたけど」


「千林のことかい。彼は、どうかな。すぐに治療できなかったこともあって容体は安定しないようだが、まあ、関西から魔術師の応援も受けた。リオウの件もあって人手不足な感は否めないが、万全は尽くされている」


「あいつだけは死なせない、か」


「ああ。それが出海結の願いだ」


 彼女は、千林の死を願わなかった。


 死は罪に対する罰だ。償いではない。だからこそ、恐らく出海結は、その罰を望まなかった。


 背負えと言ったのだ。


 死で終わるな。生きて苦しめ、と。


 だが和川は、それが正解だとは思わなかった。


 あの千林が、魔術の世界の闇に浸かった男が、果たして自信の罪を罪と自覚し、それを背負うようなことをするだろうかと疑問を抱かざるを得ない。


 出海が千林に刀を突き立てたあの瞬間、もしもあの場に出海結が姿を現していなければ、和川はきっと――


「あ、そういえば」陰鬱とした思考を遮るかのように、涼風は柔らかい声音で訊ねる。「出海夕夏さんはどうなったんでしょうか」


「まだ目を覚ましていないらしい。出海結も病室に付きっきりなようだね。彼女も疲れているだろうに」


 不知火はグラスのオレンジジュースを飲みながら、冬は温かいお茶の方が良いのだが、などと言ってピザに手を伸ばす。


「やっぱ、世界って広いよな」


 和川は、そう独りごちた。


「広いとも。狭いと思っている場所でさえ広大だ。世界には果てがあるが、人が知る世界に限りがあると思えば、それはもう無限といって良いんだろうね。僕らはちっぽけさ。だからこそ、強くならなければならない」


 不知火は、長い前髪に覆われた右目を少しばかり覗かせて、


「夢を叶えるとはそういうことだ。大きな夢には、大きな力が必要だからね」


「……痛感してるよ」


 出海姉妹の生きる世界。


 千林の欲望。


 大嶋愛生の、強大な力。


 知らない世界。ちっぽけな自分。


 結局、自分には何もできなかった。


 出海を救うこともできず、千林も大嶋も、和川が止めたわけではない。


 無力だ。


 満身創痍だったとか、相手が強すぎたんだとか、そういう言い訳は一切しない。ただただ自分の力不足だ。


 悔しかった。


 自分一人では何もできない。そんなことは分かっている。分かっていても、力になれない自分の弱さが情けなかった。


 それでも、和川奈月は、今歩いている道から逸れようなどとは微塵も思わない。


 弱いなら強くなればいい。簡単なことだ。どうすればいいのかと悩む時間は必要ない。答えは出ている。どうそこに行き着くか。それだけだ。


「なあ和奏、大和。せっかくだしケーキ買いに行かね?」


「こんな時間にかい?」


「ケーキ屋行くから混んでんだよ。スーパーとかコンビニとか、毎年ケーキの箱バカみたいに積んであるところあんだろ。そういうとこ行きゃ一つや二つくらい買えるって」


「良いですね!」


「はあ」不知火はため息を吐いた。「言い出したらそれまでか」


「決まり。じゃあ誰が買いに行くかジャンケンな!」


「君が行くんじゃないのか」


「怪我人だし」


「それを言うなら僕もそうなんだが……」


「それでも昨日あんだけ戦ったんだ、いけるって」


「二人して僕に行かせようとしてないだろうね」


「してないけど、そうなれば良いなとは思ってる」


「よし良いだろう。君を負かして三人分のケーキが手に入るまで帰ってこさせない」


「あ、魔術なしな! 未来見るのとかなしな!」


「見えるわけがないだろう!」


「先輩なら見えそうですね」


「涼風和奏、君が負けても同様の条件だぞ」


「そんなぁ。でも聞きましたよ。二人とも一昨日、SSパッケージ捜してるときケーキセット食べたらしいじゃないですか」


「「それとこれとは別」」


「変なところで息が合うーっ」


 涼風は地団駄を踏んだ。




 外は静かだ。


 だが中は賑賑しい。


 雪こそ降っていないが、外を支配する空気は季節を象徴する白い息がそこら中埋め尽くすほどで、夏服の和川も、制服姿で脚を出す涼風も寒すぎていけない。


 それでも、ここは暖かかった。


 だからこそ、和川奈月は歩いて行ける。


 この冷たい空気を忘れるくらいの仲間がいるから。


 きっと出海もそうだったのだろう。


 大切な人がいるから、どんなに遠い夢でも追っていられる。どんなに辛いことも乗り越えられる。


 この世界の深淵は見えない。知ろうとして知ることができるものでもない。


 それでも、自分たちはこの場所で生きている。


 広漠とした世界の全貌は掴めなくても、今目の前にある自分たちの世界の温もりに気付くことはできる。


 和川奈月は思う。


 諦めたくはない。


 酷く寒々しいこの世界でも、捨ててしまうには勿体ないほど、優しい温もりは溢れているから。


 ここにある幸せを、決して失わないように。


 少年は己に、夢を誓う。


次回最終回です。よろしくお願いします。

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