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二人で一つ 10

 和川奈月に剣技はない。


 太刀筋も流派も理屈もない。ただ徒に交差した刀身を、一切の加減なく、狙い一つ定めず、爆弾を発破するように振るう。


 その一撃はあまりに重く、荒く、何より強い。


 宙に草木が舞い、暴風雨で視界がゼロになる中、和川は地面を強く蹴って突進していく。


 最速だった。弾丸のように真っ直ぐ、大嶋の気配に向かって突き進み全てを叩きつける。


 台風を引き連れたような一撃だった。


 大嶋は知育玩具を複数個投げ、魔術によって軌道を逸らし直撃を回避する。


 和川は攻撃の手を休めない。


 まるで棍棒のように、ただ横から上から殴りつけるだけだ。だがそれで巻き起こる魔力の暴風雨は想像を遙かに超えている。


風裂(かぜ)』と『波断(なみ)』の強大な力が手のひらから嫌と言うほど伝わってくる。一方の刀が敵を睨んでいるとき、もう一方の刀はこちらを切りつけようと刃を向けてきているような危うさだった。無闇矢鱈に振り回すことをためらいたくなるような魔力の濃さ。


 だからこそ、これは自分が振るわなければならない。


 周囲で吹き荒れる風も雨も全ては刃と化していた。触れればただじゃ済まないはずだが、大嶋は防御魔術を纏っているのか物ともしていない。ただ刀身に触れることだけは避けたいのだろう。一撃も食らわないことに神経を使っていることは分かった。


 足りないものが何かははっきりしている。剣技だ。大嶋が刀を避けるなら、この刃に触れざるを得ないほどの技があれば決着が付くということを意味している。


 だが、そればかりは補いようもない。今和川に出来ることは限られていた。


 痛みとの戦いだ。雨風が全身を切り刻む感覚だった。そう長く保つようなスタイルではない。今回は取り分けそうだった。


 和川はありったけの魔力を流し込む。和川に万全の魔力は存在しない。不知火もきっとそうだっただろう。あんなバカでかい炎の巨人を生んだのだ、荒れる嵐で見えはしないが、今頃そこらで倒れているかもしれない。


 目の前の奴が一体何者かなど和川には分からない。だが、不知火にあれだけのことをさせるだけの強敵で、そうまでして止めなければならないほど危険な相手だということは理解出来る。


 ならば、全力を懸けないわけには行かない。


 一撃だ。避けるとか、防ぐとか、そんなものに意味などないと思わせるほどの一撃。


 それしか出来ないなら、そうするしかない。


『天と地を結べ――〈稲妻の架橋(ボンズ)〉』


 空から一筋の稲妻が走った。雷鳴が轟き、嵐の中に輝いた黄色い光は和川の躰を貫いて、手にした刃に雷の力を付与する。


「終わりにしてやる」


 喉を、体力を、全てを使い尽くすように和川は叫んだ。


 大嶋は、嗤っていた。


 水、風、雷。一帯を呑み込む猛烈な嵐の中で、すらりとした長身の女は平然と立ち、こちらに手を突き出して知育玩具を見せつける。


 その刀はこのおもちゃにすら勝てない。とでも言っているように。


「っざけんな!」

「慣れない物は使うべきではないですよ」


 渦巻く風に知育玩具が踊る。


風裂(かぜ)』も、『波断(なみ)』も、刃は大嶋に届くことはなかった。


 嵐の中で舞う知育玩具が放つ濃密な魔力が、分厚いカーテンが躰に纏わり付くように和川の行く手を阻む。


「あなたは少々、神の守護者(それ)に頼りすぎている。その力は戦力たり得ても、決して切り札にはなり得ない」


 和川の眼前に大嶋の笑みが迫る。


『残虐、故に雄々しくあれ――〈英雄(ザ・ヒーロー)〉』


 近接戦闘に特化した大嶋の拳が、蹴りが、和川の肉体に何度も叩きつけられた。


 自らが放ったはずの風が和川の躰に絡む。大嶋の攻撃を受け流すことが出来ない。この場にとどまるサンドバッグ状態だ。


 和川の躰には傷が付かなかった。魔術を帯びた打撃故だろう。だが凄まじい痛みだ。ガードを容易にすり抜けてくる。


 そして大嶋は、知育玩具を拳の中に握った。


「その刀は、あなたが持つべきものではないですよ」


 繰り出された拳。一撃の重さに、リオウ=チェルノボグの衝撃波を思い出した。


 とても拳とは思えないほどの激しい痛み。


 纏わり付く風の魔力を引き裂いて、和川の躰は宙へ投げ出された。


 雨と風が一瞬にして霧のように散る。


 濡れた地面に転がり、泥に塗れた和川は、口から唾液を吐き出しながら揺らぐ視界で大嶋を睨んだ。少し先では疲弊した不知火が膝を突いている。共に満身創痍だ。


 刀を渡してはいけない。その想いだけで、既に失われつつ握力でも刀だけは離さなかった。


 だが。


「和川さん。刀、貸してください」


 それは、静かな足音と共に聞こえた、優しい声だった。


 躰を起こすことが出来ない。だが声で分かる。


「……出海」


 出海は和川のすぐ隣で屈んで、泥だらけの和川の手を握る。


「刀を守ってくれてありがとうございます。でも、もう大丈夫です」


「何言ってんだよ……大事な物なんだろ、諦めるってのかよ!」


「はい。大事な物です。たぶん、今まで思っていた以上に、今この刀は、わたしにとって大切な物になりました」


「だったら」


「だから渡しません」


 強い声だった。


 和川は、出海の目を見る。


 迷いとか、弱さとか、色んな感情に呑み込まれそうになっていた少女とは思えないほど、双眸にはこれまでにない強さが宿っている。


 それは紛れもなく、魔術師の目だった。


「絶対に、この刀を守って見せます」


「でも、どうやって」


「わたし感じたんです。さっきこの刀を手に取ったときに、この刀は誰でもない、わたしたちのお父さんが打った刀なんだな、って」


 和川の手を優しく解き、出海結は、二振りの刀を握る。


「わたしは、お父さんが打った刀しか振るうことが出来ません」


 出海は立ち上がり、そして大嶋に強い視線を向けた。


「だからこの刀は、わたしが振るうべき刀なんです。わたしが守り抜かなければいけない、刀なんです!」


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