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彼の日は何処

 少年が魔術師を志したきっかけは、とある女性との出会いだった。


 少年の住む家の近くにあった墓地に度々訪れるその女性の美しさは、いつ見ても少年の心を掴んで離さない。


 ある日、少年は墓の前で手を合わせる女性に勇気を持って話し掛けた。


「その刀、俺にくれないか」


 女性は徐に振り返ると、腰元に差した刀に触れて微笑んだ。


「お、尾行少年じゃないか。やっと話し掛けてきたと思ったら、なんだ、君は刀が好きなのかね」


「おう、俺は刀が欲しいんだ。そいつは武器だろう? 男足る者、女子供を守れなきゃ話にならない。俺はそいつが欲しい」


 問われた少年は間髪を入れず、嘘でもないが真実でもないことを言った。


「そうか。いっちょ前なことを言うね」


 女性は刀を抜いて見せ、少年の前で銀色の刀身を光らせた。


「美しいだろう?」


「……おう」


「でも殺しの道具さ。何人もの血を吸ってきた」


 女性の瞳は、その瞬間僅かに潤む。


「こんなにも美しいのにね。人を斬る意外に、こいつに出来ることなんてないのさ」


 少年はその憂いに気付きながら、首をぶんぶんと振った。


「だけど、刀は人を守るための武器だ。その為なら俺はいくらだって戦うさ。その刀だって、きっとそうだろう? 殺したんじゃない、守ったんだ」


 ふわりと舞う髪に、女性の儚さが香る。口角が小さく上がって、女性は刀を収めた。


「いい考え方だな。それと同じことをね、かつて、ある剣豪が口にしたそうだよ」


「宮本武蔵か?」


「違うな。君らが知らない、もっともっと強い人さ」


「そんなのがいるのか」


「いるとも。この世界は広く、そしてとてつもなく深い」


 戦後間もない荒れ果てた墓地に佇むすらりとした和服の女性は、頬も手足も細く、また柔らかそうな笑みでも悲しげだった。


「少年は、これからの世界が平和になると思うかい?」


 少年は答えられなかった。女性は、そうだろうそぅだろうと頷いた。


「これからも、世界は乱れに乱れる。戦争は絶えず続くし、人々は荒む。それでも、我々は生きていかなければならない。大切な人を守るため、その術は持っていなければならない」


 女性は刀を握り、もう片方の手で、背の小さな少年の坊主頭を撫でる。


「少年。君は強くなりなさい。そして君も、彼の剣豪のようになりなさい。我々は戦争に負けた。あまりにも苦しい風が吹き荒れる。激動の時代がやって来るんだ。大切な家族を、友人を、君自身の手で守れる男になりなさい。でなければ、時代という荒波に瞬く間に呑まれるだろう」


 女性の瞳は、少年を見ているようで、どこか遠いものを見つめているようだった。


「その(すべ)の名を、魔術という」


「ま、じゅつ?」


「君には素質がある。この刀はね、ただの刀じゃあないんだ。才ある者にしか目にすることの出来ない、術具と呼ばれるものだ。魔術は振るう者次第で槍にも盾にもなる。君がその心を抱き続ける限り、君は美しい魔術師になるだろう。美しく、その胸に正義を、抱き続けなさい。欲に塗れることなく、ただ目の前の大切を守り続けなさい」


 女性は墓石を見て、涙を流す。


「男なら、ね」


 その涙は、少年の心に何かを訴えかけた。決して忘れまいと誓うほど、少年は腰を曲げるように大きく頷いた。


「当たり前だろ。俺は強いんだ! いいぜ、マジュツシとやらになってやるさ! なってやるから、その時はあんたのその刀、俺にくれないか!」


「そんなにこれにこだわるのかい?」


「気に入った。男らしい俺に相応しい刀だ」


 女性は美しい髪を靡かせて、少年の頭を撫でた。


「面白いじゃないか。……そうだね、いいだろう。もしも君が、彼の剣豪のように強く優しい男になれたなら、この刀を君にあげよう。ただし、これはかなり貴重な物なんだ。そう簡単には渡せない。『波断(なみ)』と言ってね、二振り揃って初めて一つになる、とてもとても、大切な刀さ。もう一振りは、君が手に入れなさい。いつか君自身が、大切なものを守ることの出来る立派な男になった時、『風裂(かぜ)』は君の手元にやって来て、そして、この『波断(なみ)』と君を引き合わせてくれるだろう。そうなれば、二振りの刀は、君の物だ」


「本当だな? 約束だぜ?」


「さて、君にそれが出来るかな」


「出来るさ、絶対に。だから、またここに来たときには、俺と会ってくれるかい?」


 女性は今にも消えそうなほど薄く笑い、


「ああ。その坊主頭も撫でられないほど君が大きくなった頃、共に約束を果たそうじゃないか」


 少年はにっかと笑った。


 その約束を胸に秘め、魔術師になることを決意した。


 少年は、片っ端から魔術師を探し、先遣という名の魔術結社に見習いとして入り、闇の世界へ足を踏み入れた。


 人の想いとは強く、彼はひとかどの魔術師になった。全ては約束の為、あの日の想いに正直であるが故であった。


 だが、彼は変質する。


 彼女が鬼籍に入ったとの報が届いたのだ。


 彼は絶望した。


 淡い想いが風になって消えていくように、波に呑まれ根刮ぎ奪われていくように、彼を魔術師たらしめていた全てが音を立てて崩壊した。


 約束は、果たされなかったのだ。


 何故彼は魔術師になったか――彼は、その意味を失った。


 やがて、失った約束の外郭と言う名の空虚な夢だけが、彼の胸を縛り続けた。


 ――二振りの刀を手に入れる。


 あの日、自分に生きる道筋を与えてくれたあの人が手にしていた刀を――否。千林高城が染まった闇は、彼を刀の亡者へと変えていった。


 あの約束は、彼自身がその手で闇に葬り去ったのだ。


 刀は手に入れる。理由などない。


 己の人生を肯定するかのように。己の道しるべを、破壊し尽くすように。


 千林高城は魔術師として力を得た。


 守る力だったはずの力を、誰かを傷つける、人殺しの力として。


 千林高城は刀を求めた。


 二振りの刃を。


 二振りの刃を。




 女性の願いを、無下にする形で。


次回もよろしくお願いします。

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