二人で一つ 3
何があってここまでやらなければならないのか。もう、本人にも分からなくなっていた。
相沢甲次はかつて千林に師事していた。幼少期に魔術を学ぶなら、千林が頭目を務める『先遣』に入ることが最も手っ取り早かったからだ。
多くの魔術師に囲まれ育つ学校のような環境ではなく、千林から直接魔術を学んでいた。切磋琢磨し合う相手がいる都会の魔術師に多少の嫉みもあったと思う。
しかし、相沢には無二の友ができた。作間翔だ。
地元の大学に入り、新入生歓迎会で出会った作間翔が魔術師であると知ったときには嬉しくて仕方がなかった。同年代の魔術師に会えることもそうだが、何より作間翔という人間に惚れていた。
片田舎は閉塞感に満ちていた。朧気な理想を語る者さえいなかったのだ。希望もなければ夢も抱かない。抱いていても、それを叫ぶ者がいない。
作間翔は馬鹿だった。本物の阿呆だった。
実現できるかどうかではなく、まるでギター一本で天下を取ってやるかのような馬鹿げたことを言う本物の馬鹿だったのだ。理想に惚れたのではない。彼のその馬鹿さ加減が、相沢には年相応の荒々しさを感じ、それはとてつもなく心地が良かった。
彼に結社を立ち上げることを持ちかけられたとき、相沢は高揚感というものを覚えた。
正式に魔術師として先遣にいたわけではなかったが、師事していた千林には、作間翔の結社に入ることを伝えなければならないだろう。
千林邸の大広間で、畳に正座し、相沢は頭を下げた。先遣ではなく、作間翔と創る新たな魔術結社に身を置かせてくれと。
千林は激昂した。
千林には先細りする先遣を守る責務があったのだ。その後継として相沢の名を浮かべていたことは、相沢も自覚していた。
しかし相沢は折れなかった。なにより、作間翔と共にある未来に、相沢自身が夢を見たのだ。
そこで、相沢は千林高城を説得した。いいや、念願のため、自身の一部を売ったのだ。
「火急の事態にあっては、この相沢は頭目のご意志に従います」
いざというとき、自分の存在はあなたのための駒となりましょう。そうとでも言わない限り、千林からの許しは得られないと考えた。
その提案を、千林はすんなりと呑んだ。今考えれば、この事態も千林は予期していたのかもしれない。
様々あった。先遣とSSパッケージとが合流し、先導者を結成する際、それを主導したのは作間翔であったかのように見えて、全ては千林側の働きかけだった。
多くの協会魔術師は作間らの策謀を疑ったが、事実としては全くの逆なのだ。
謀ったのは千林であり、合併を作間にけしかけたのは、相沢を始めとした先遣と関わりの深いSSパッケージの魔術師だった。
刀の盗難にしてもそうだ。物事の始まりに常に作間翔はいない。彼は千林らの手のひらで踊らされ、合併も、刀の盗難も操られるように、全てはけしかけられて乗せられていたに過ぎない。
作間翔は能動的な改革の志士のように振る舞いながら、その実、面白いように動いてくれる受動的な駒でしかなかった。
この瞬間、俺は一体何のために戦っているのだろう。
何のためにここにいる。俺は作間翔に夢を見たんじゃないのか。無二の友人と共にある未来を希望したんじゃないのか。
今俺は何をしている。友人のために戦っているのか。違う。今俺は、友人を裏切った。SSパッケージを立ち上げたその瞬間から、相沢甲次は、作間翔を裏切り続けてきた。
もはや立っていることもままならない状況で、空っぽの魔力を絞り出して魔術を放った。魔術媒体であるライターから火を撃つ。マッチ棒ほどの火では野草を焼くことさえできなかった。
敵はもはや魔術を撃ってくることもしなかった。
視界がぼやける。底をついたのだ。体力も魔力も、最も大切な、魂も。
今俺は何をしている。
分からない。
行き場のない感情は、迷路に迷い込むこともできず入り口で佇む臆病者のように停滞する。
作間を踊らせていたのは千林だ。同じく、相沢も千林の手の平の皺をなぞるように操られていた。
だからと言って、友人を裏切った事実に寛恕を請うていいはずがない。
もはや相沢の手の上には何もない。戦う理由もなければ、仲間もいない。
相沢は手元にあるライターを全て自らの周囲に落とした。
今何をしている。分からない。
ならば、成すべきことは何だ。今できることは何だ。
そう。
せめて、罪を償おう。
方法はもう、思いつかなかった。
次回もよろしくお願いします!




