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屍は縁の下で眠る

作者: ネギ田。

ある部隊について、一つの噂が飛び交っていた。



【捨て駒部隊】



その中で隊長を務めるは、弱冠十四歳という少女。大柄な男たちで溢れかえっているその軍隊の中で、紅一点となる存在であり、〝無くてはならない戦力〟である。


名はエリー、そう言った。運動神経は悪くない、全体的に優れているが、同年代に比べて特別秀でているわけではない。


だが彼女は、〝ある特殊状態に陥る〟と、異様な身体能力を発揮する。その破壊力はとてつもなく、専門家の話では国一つをたった一人で壊滅することだって難しい事ではないだろうと太鼓判を押す。


見た目は華奢な細い腕だが、人の何倍もある大岩を軽々持ち上げ、粉々に砕く腕力。


三メートルほどのフェンスなど直立飛びで軽々と飛び越える跳躍力。白く美しい脚からは想像出来ない俊敏さ、脚力。医療科学も目を張る異様な治癒力。歴代の科学者や勉学者も顔負けの、飛び抜けた頭脳。


特殊状態に陥った彼女は〝超人〟という名が相応しい。


その特殊状態というのが



【哀情】



痛感による哀情、大切な物を失くした時による哀情、嫌いな食べ物が夕食に出た時の哀情、


大切な人を失くした時の、哀情。



つまりは、彼女がそう言った悲しい気持ちを持つと、その後に来る感情は【憤怒】だった。だがこの怒りという感情も、濃ければ濃いほどその力は大きく返ってくる。


彼女は悲しみを覚えると同時に、それを憎しみに変える。


彼女は唯一、【憎しみ】を具現化出来る存在なのだ。



これはつい先日、とある相手国に攻め込んだ時の話だ。


当然、彼女が率いる部隊も出撃した。しかしその部隊というのが、ハタから見れば頼りのないものだった。

部隊の総員数は彼女を含めたった四人、四人だけなのだ。他の主力部隊でさえ十人は最低でもいる、中にはさらに数もいて、チームA、Bと振り分ける部隊も少なくない。


しかもその部隊は、戦いの最前線にいるという事を忘れてはならない。


さらに酷いのは、彼女の部隊にいるのは誰もが入隊して半年も満たない若造、さらには能力の乏しい軟弱者達ばかり、やる気だけが溢れる初々しい部隊だった。


初陣が大国を敵とした、さらにその戦線の最前線に立てるということが、彼らにとっては名誉であったが、これから起こる悲劇を誰も予想はしていなかった。


と言うのも、軍隊だけではなく世界全体が、エリーという少女の偉大さを知っていたからだ。強さも格別、その部隊は少人数ということもあって、配属されるだけでも名誉な事だと言われていた。


主力となるのはエリーただ一人、後の三人はあくまで彼女の援護、彼らはそう分かっていても、彼女と同じ戦線に立てるという事に歓喜していた。


決して、慢心していたわけではない。三人は彼女の役に少しでも立てればと、赤ん坊ほどの重さのM16を構えて、敵を見据えていた。


それでもここは戦場だ。


気付けば一人、胸から溢れ返る血を抑えながら倒れ、息絶えていた。

彼の名はフランク。アイダホ州生まれのワシントン大学で医療学を学び、博士号を取った秀才であり、スポーツの面ではバスケでポイントゲッターとして華々しい活躍をした。


大柄な彼はその体格や強面な顔とは裏腹に、小さな動物が好きで入隊時には密かにペットのハムスターを持ち込んでいたそうだ。


本来は動植物の持ち込みは衛生上禁じられているが、同じように動物が好きだったエリーのご厚意で特例として許可された。


いつも決まった時間に餌をやり、寮にてチームのみんなとハムスターのジムを囲んで戯れるのが、彼の楽しみだった。

今作戦前にても、出撃前にジムに願掛けをしていた。


『無事を祈っててくれ、少しの間、留守にするから』



だが悲しいかな、その願いは叶うことが無かった。

フランクはこの部隊で唯一の戦力となりえる存在であり、心優しい青年だった。エリーも、部隊の彼らも彼の事が大好きだった。



その気持ちに、一人の男が憎しみの火を灯す。


「クソ……クソクソクソォォォ!!!お、お前らなんかぁ……ぶっ殺してや!!!」



盾となっていた塀から顔を出したもう一人の男、ジェイソンは怒りを露わにした。何を思ったか彼はその塀を乗り越え、銃を乱射して敵陣へと一気に駆け込む。


だがそこから数歩と進む前に、彼もまた額を撃ち抜かれた。撃たれた拍子に勢い良く地面に滑り込んだジェイソンは、そこからピクリとも動くことは無かった。


隣にはフランク。


砂埃の舞う目の前には、小柄なジェイソンの遺体。


大切な仲間を目の前で亡くしたエリーは、数秒のホワイトアウトに見舞われた。


そして同時に、堪忍袋の緒が切れる。



そこから起こった事は、先述の通りである。掻い摘んで話すなら、彼女は一番近くの敵線、その一幕をたった一人で撃破。無論銃撃は受けた、出血多し。

だが額に胸に何十発と弾を撃ち込まれようと、エリーは歩みを止めなかった。


一人、また一人と冷静に排除し、その敵線の背後から列をなして押し寄せてきた戦車を持ち上げ、敵線の中へと放り込んだ。


さらにはその一つの戦車の中に潜り込み、装填済みの弾薬を引っこ抜き、敵陣へと投げ込んだ。


敵施設は壊滅、こちらの犠牲はあれど、その戦線領地は占拠した。白旗を上げた敵兵を確保し、幾人かはその場で射殺、後は捕虜として身柄を拘束した。


ここまで話せば、理解の早い貴方なら分かるはずだ。


【捨て駒部隊】という名の本当の意味が。


結局の所エリー以外の兵士は、あくまで【エリーを覚醒させるための種】なのだ。共に同じ釜の飯を食らい、共に過ごし、絆を深めた彼らはきっとかけがえのない仲間なのだろう。それはもう兄弟同然だ。


だがそれが敵の手によって亡き者にされた時、人は必ず怒りを覚える。


そして怒りを力に変えるエリーに、上層部は目を付けた。


彼女は怒りを覚える度に強くなる、それもまだ若い、感情的になりやすい時期にその引き金を引くのも容易い事だ。


そのうち、また新たな新人が彼女の部隊に配属されることだろう。


そして数ヶ月訓練、生活を共にし、互いを知り、絆を深め合うことだろう。


やがて初陣に激戦区に放り込まれ、エリーの怒りの餌になる。


……おっと、非情だと思うのは御門違いだ。このご時世、戦争に情など必要ないのだからね。


必要なのは力だ、圧倒的な、敵が尻尾を巻いて逃げ出すような、確たる力。




話が長引いたね、君を呼んだのは他でもない。

実は、二日前に脱走を図った兵士がいてね、その始末をお願いしたいと思ってる。


……そう、エリーの部隊の生き残りの青年さ。彼は人一倍臆病でね、その時の戦いでも銃を抱え込んだまま震えて動けなかったそうだ。


重要なのは、【エリーの部隊の本質】を知られたからだ。


この事が世に知られれば、我々の敵はそれこそ見当違いの相手をすることになる。この状況下において、それは非常にマズイ。


……そら、前金だ、五万ドルある。全く、この忙しい時期に、君はなかなかぼったくる。


だが、腕は確かだと聞く、これは信頼できる筋からの情報だ。


仕事が終わったら、コールだけくれたまえ、私はこれから、次の作戦の会議があるからね。



……ああそれから、これは恐らく要らないだろうが、脱走前にその兵士の机の上に、これが置いてあったそうだ。


〝僕の命を他人のために捨てる気はありません〟


そんな紙切れだが、ま、彼の遺品として持って置いてくれ。




検討を祈る。







end.

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