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九品目

 シェパート大樹海上空。

 数多の魔物が跋扈する地上に対して、その空域は現在一頭のドラゴンが支配している。

 約一か月ほど前に突如現れたそれは、それまでの樹海上空における魔物たちのパワーバランスを一瞬で崩壊させ、食物連鎖の頂点に君臨した。

 以来飛行能力を持つ魔物――鳥、竜族は、ドラゴンの活動時間帯である明るい内は滅多にその姿を現さなくなった。


 夜があける。

 地平線から顔を覗かせた太陽が地上をオレンジに照らし出す。

 この時間帯、すでにドラゴンは活動を始めている。そのため他の魔物の姿は全く見当たらない。

 そんな夜明けの空に一つ。

 豆粒のように小さい『点』が彼方から飛んでくる。

 ドラゴンがこの地に出現する前に樹海上空を飛び回っていたどの魔物よりも小さいそれは、この過酷な空では生き残れないように思える。


 しかしその点は魔物ではなかった。

 薄い衣をマントのようにはためかせて飛んでいるそれは、一人の人間の男だった。


 男の胸元がもぞもぞとうごめくと、衣の中からヒョコッと少女が顔を出す。下を見下ろして「おお~」などと呟いている。

 しかし彼女は人間ではない。

 鮮血のように鮮やかな赤髪と、黒曜石のようにつややかな漆黒の肌。

 本来ならば死者の魂が集う地で、魔人の魂を導いているはずの存在だ。

 彼女は魔神であった。


 二人は飛んで行く。

 ドラゴンにさえ見つからなければ二人に危険は無いだろう。だが逆に、ドラゴンに見つかってしまったら確実に次の夜明けは拝めなくなるということだ。

 その巨体に似合わぬ飛行能力に加えて、超長距離ブレスを放ってくるその支配者に命を狙われたら生き延びることは敵わない。

 しかし幸いか、ドラゴンが現れることは無く、二人はそのまま彼方へ飛び去って行った。




 ===三日前===


 轟音が聞こえた。


 まる二日かけて塔の周囲を探索し終わった時だった。



 結論から言うと、塔に入口は無かった。

 超巨大なブロックは綺麗に組み合わされていて、更にその表面を覆う苔からも隠し扉といったものが存在しないことが窺がえた。

 見落としが無いとは言い切れないけど、もう一度調べなおす気は起きなかった。

 一人で調査するにはこの塔の一周は長すぎるからだ。

 しかし、まあ、それ以上にショックなことが判明したからでもある。


 それは、この円形の塔の外壁に沿ってどれほど進んでも背後に樹海が開いている、ということだ。

 それはつまり、塔を中心としたこの平野を囲むように樹海が広がっているということであり、厳密にいえば私はまだ樹海を抜けられていないということを強烈に示していた。

 そのことに気付いた私は極度の疲労と絶望感が、ここにきて一気に爆発してへたり込んでしまった――

 ――その時のことだった。



 突然の轟音に驚いて塔を見上げると、

 丁度樹海の樹のてっぺんほどの位置から、見るからに高威力な魔法が壁を突き抜けて飛び出していた。

 それが徐々に消えていくと今度は、おそらく塔の中で巻き起こったのだろう粉塵が大気中に流れ出して来る。

 さらに塔の外壁からもうもうと吹き出す粉塵を貫いて一頭のドラゴンが飛び出した。

 白銀の鱗が陽の光を反射する。

 力強い羽ばたきが突風を巻き起こし樹々を翻弄する。


 あれだ。


 間違いない、情報通りだ。

 近隣諸国に被害を与えているという魔物

 私たちが王子に討伐を依頼された魔物。

 私がこんな所に彷徨い込むはめになった元凶。


 そのドラゴンは悠然と飛んで行き、次第に北の空に見えなくなる。

 その姿を見て真っ先に感じたのは、諦念だった。 

 あんな生き物に勝てる訳がない。

 たとえ近衛騎士団全員が揃って万全の態勢が整っていたとしても、あのドラゴンには傷一つ付けられないだろう。


 あの圧倒的存在感。

 間違いなく王者の風格を纏っていた。


 「ふ……はは……ははは、はーっはははははははは!」


 自然と笑ってしまう。

 どれ程自分が滑稽であったかがよく分かった。

 あれを討伐しろだって?

 一度でもあの姿を目にした人間ならそんなことは決して考えないだろう。

 襲われた近隣諸国の村人たちもそう思っているはずだ。

 あれは害獣でも、魔物でも、ましてや悪魔ですらない。

 言わば……そう、神のような存在だった。

 絶大な力を秘めながらも神々しさを放つあの威容。

 人がどうこうできるものではない。


 そう思えばこの塔にも納得した。

 見れば、開いたはずの巨大な風穴は既に修復してしまったのか全く見当たらない。

 これほど巨大なのに人に見られる事が無い不思議といい、きっと何か古代の魔法で結界が張られているに違いない。


 「そうか……そうだったのか。この塔はあのドラゴンの住処だったのか……」


 しかしそれにしても大発見だ。

 この事実はぜひとも我が国に報告しておきたい。


 「そのためにはまずどうやって帰るか、だが……」


 そう、ここはまだ樹海の中なのだ。

 この塔が樹海のどの辺に位置するかは分からないが、

 進む方向も決めずにもう一度樹海に入り込むのは自殺行為だろう。大体ここまで生きて来れたのが奇跡なのだ。


 樹海でのサバイバルのノウハウは、ここまでの道のりで何となく掴めた。

 基本的に水は木の根から摂取する。また魔物の死骸もそこそこ転がっているため意外と食料には困らない。

 初めて魔物の死骸を食べた時には多少ならぬ抵抗があったが、繰り返すうちに慣れていった。


 しかし、シェパート大樹海において最も気を払わねばならないのは食料などではなく、魔物との遭遇だ。

 この樹海は日夜魔物同士の縄張り争いが激しいようで、そこら中から奇妙、または珍妙な鳴き声、呻き声が聞こえてくる。

 安全に進むには主にそれらの情報を頼りにして、縄張りの境目をするする進んで魔物を避けて行くのだ。

 それでも幾度となく危ない場面はあったし、やはりここまでたどり着けたのは偶然によるものが大きいことは間違いないが。


 こういった手法はパーティー攻略時には用いられなかった。

 実際に単独でこの樹海を進んだことで身に付いた技術だからだ。


 大人数でこの樹海攻略を行うと、平均的に見て成功率は高いが死亡率も高い。

 対して冒険者などの単独攻略は、成功率は低いが死亡率も低い。

 つまり、

 パーティー攻略は効率よく情報を手に入れるけど人がたくさん死ぬ。

 対して単独攻略は情報を持ち帰らないのがほとんどだけど死人は滅多に出ない。

 その理由が今解った気がする。

 冒険者も捨てたものではないのかもしれないな。


 しかしまあ偶然にも大きな情報を入手したため早いところ王都へ帰還したいところなのだが、

 そう簡単には行かないだろう。

 軽率な行動はできない、この情報を手に入れた以上は。

 情報は届けなければ意味が無いのだから。


 おもむろに立ち上がって、伸びをする。


 気付いたら先ほどまでの疲労などはどこかへ消えていた。


 「さて、と……」


 この平原は安全だ。もう少しここで考えてみよう

 何とかして情報だけでも届けたいものだ。

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