五品目
全然盗賊やってないですいまそん。
キチゲイが追ってくる。
「ねえ待ってぇ~ん、そーちゃ~ん。逃げないでぇ~ん」
「待つかっ! そして逃げるっ!」
只今絶賛逃走中。
人波をすり抜け、踏切のバーを飛び越え、赤信号へ突っ込み、
夕暮れの街並を駆け抜ける――――
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僕の悩みというのは、つまりこれだ。
最近頭のイカれたオカマに追いかけまわされている。
登下校中も、授業中も、昼食中も、トイレの中でさえも。一度家まで追ってきたが僕の姉にぶちのめされ、以降敷地内までは追ってこなくなった。
しかし学校はいまだ戦場だ。
これが女だったらまだ逃げ場があったのだが、オカマという生物は一筋縄ではいかない。
女子便所だろうが女子更衣室だろうが、奴は追ってきた。…………入ったのかだって? ええ入りましたとも。もちろん下心なんて無いさ。考えてみてほしい、便所に入って用を足しているときに個室の壁を叩きながら愛を囁いてきたり、着替えの時にカメラ構えて鼻息荒くしてるオカマがいるんですぜ? 戸籍上男に分類されているそいつから逃れるべく、みんな着替え終えて出て行った女子更衣室で一人着替えながら部屋の色んなところをクンカクンカするのは仕方が無いことだとは思いませんかね?
まあ無駄だったんだけど。
ここ最近そんな毎日を送っていて、
そんな訳で今日という今日も奴と僕は戦いを繰り広げているのだった。
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これでもかと言うくらい走り続け、ふと立ち止まって周りを見渡すと、どうやらマイホームの近くのようだった。無意識の内に進路をとっていたらしい。
あのキチゲイは追ってこない。
ようやく撒いたようだ。
危機が去ってホッとしている僕の前に、一台のバスが止まった。隣にはバス停の標識があり、僕の立っている場所はどうやら出口付近らしい。
邪魔になってはいかんと思い、横にずれて、ぼんやりと降りてくる客を眺める。
一人の男性客に目が留まった。
僕と同じ制服だ。知ってる奴かな……って待て……いやバカな……
そんなことが……
「んふふ。さーがしたわよーん、そーおちゃん!」
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
逃亡再開。
「こーんどは逃がさないわよ~~!」
なんで僕の場所を把握してるんだよ! おまえは仮想世界のエージェントかっ!
……こうなったら家に逃げ込むしかねえっ!
いいだろう、こいよキチゲイ。残り百メートル、僕が家に飛び込むのが先かお前が僕を捕えるのが先か、ラストバトルといこうぜ。
負けたら死。負けるわけにはいかない。
腹の奥から、雄叫びが僕の喉を突き破って飛びだす。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「な……! は、速い!?」
ギュンギュン差が開いていく。これぞ火事場のクソ力。
くくく。どうだキチゲイ、追いつけまい。今の僕は完全に一瞬の風となった。今なら世界だって狙えそうだ! このまま競技場まで走って行って好敵手たちと戦うのも悪くはないが、可哀想だからやめといてやる。
玄関が近づく。
――あと、少し。
走る。奴との差はかなり開いている。
――もう、少し。
三歩。
二歩。
一歩。デビル◯ットダイブ!
YAHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!
大歓声と共に敷地にタッチダウンを決めた。
アメフトやってて……よかった――――
気が緩む。圧縮された時間が引き伸ばされて現実の音が聞こえ始める。
「……くっ……! 諦めないわよっ、そーちゃん!」
「うわ!」
すぐ後ろにはキチゲイ。敷地に入ってこないと分かってはいても、安心できたもんじゃない。
玄関におたおたと走って行きチャイムを鳴らす。我が家で合鍵を持っているのは両親だけで、普段息子娘たちは玄関の植木鉢の下に置いてある合鍵を使う。
のだが、今は僕の背後から視線をギンギン浴びているため取り出すことが出来ない。たしか今日は姉が家にいるはず……早く開けてくれ。
「はーい」という姉の声が聞こえ、とたとた音がする。よし、来た……!
ガチャリと鍵が開く。ドアが開き始める――
ここで僕は失敗をした。
おもむろに開く扉。
僕はその隙間に乱暴に手を差し込んで、一気に開こうとした。
この時僕は焦っていたのだ。早く家の中に逃げ込みたい、あのキチゲイのギラギラした視線から隠れたい、と焦る心が僕を早まらせた。
僕は知っていたはずだった……身の危険を感じた姉が取る行動を――
「うらあああああああああああああああああああ!!!!」
――犯られる前に殺る。しかも電光石火の速さで。
気付いたら僕は宙を飛んでいた。どうやら姉は危険を感じた途端僕をドアごと蹴り飛ばしたようだ。なんて恐ろしい反応速度。
地面に落ちてもその勢いを殺せずゴロゴロ転がっていく。敷地外まで転がり御向かいの家の塀にぶつかって止まる。
「? 何だそー坊か、借金取りみたいなドアの開け方すんなよなー」
そー坊って呼ぶなクソ姉貴。……ってか、
「ちょっと待ってーーーー!! お願いしますっ! 助けて、御姉さまーーーーーーーーー!!!!」
何ドア閉めちゃってんの? 何でまた鍵掛けてんの? 状況分かっててやってるだろっ! ハッ!?
ゆらり。背後に気配を感じる。
「うふん。そーうちゃーん。見ーつーけたー」
「あは、あはは、いやー、ま、参ったなー、み、見つかっちゃったかー。
じゃ、じゃあ今度は僕が鬼やるから隠れるといいよー」
たはは、と笑いながら提案してみるが……だめだ、もはや聞こえてない。目が血走ってるし。
ふう、と息を吐くと、覚悟を決めて僕は立ち上がる。
言葉が通じないならばやるべきことは一つ……いいだろう……。
「かかってこいやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
僕の秘伝体術をフルコースでお見舞いしてやるぜ!
三分後。
僕のひでんたいじゅつにビクともしないキチゲイから、泣く泣く敗走。
僕は転移した。
サブタイトル変えようかな……