二品目
リーン……リーン。
……………………何の音だろ……これ……。
ふと目を開けてみると、目の前には満天の星空が広がっていた。あたりは漆黒の闇が星明りに写し出されている。
リーン。
音が鳴る。
一体なんの音なんだ……。
自分の体が横たわっていることに気付き、ゆっくりと上体を起こす。頭がぼーっとする。
リーン。
耳に心地の良いその音に、霞がかった頭が次第に働きを取り戻してゆく。
するとついさっきまでの記憶が怒涛のように流れ込んできて――――まもなく完全に思い出した。
「……うわあああ! 待って……あれ? さっきまで……僕は…………」
リーン。
またこの音。
どうやら一定のリズムで刻まれているようだ。
気になって僕は立ち上がる。大地を踏みしめる感触がする。
そして振り返ると、そこには長い髪の男性が佇んでいた。どう着ているのか分からないが一枚の空色の布をローブのように身に纏い、腰にはベルトが巻かれていて長い濃紺の髪を体とベルトで挟んでいる。
周り込んで男の正面に立つと、その双眸は閉じられていた。
寝てるのかな…………?
すると突然男は右手を顔の高さにまで上げると、目の前の何もない空間に、触れた。
リーン。
ハッと驚いて息を飲む。
この人がこの音を……。でも今のは一体どうやったんだろう……いや、それよりもここは一体どこなんだ。
周囲は見渡す限り、風にそよぐ草原が広がっていた。全く見覚えのない場所である。
多少ならぬ不安感が押し寄せてくる。
目の前のこの不思議な男といい、何が起きているのか全く分からない。
――――もしかしてこの男は僕をさらったのでは、という考えが一瞬頭をよぎる。が、そんな危険な雰囲気は目の前の男から感じられないため、勇気を出して男に話しかけてみる。
「あの」
「君は――」
「うわっ!」
喋った!
カウンター気味に突然話しかけられたせいで、びっくりして思わず悲鳴を上げてしまった。マズイマズイ。
男の方も一度言葉を切ると、フッと清らかな微笑をたたえる。
……笑えるのか、そりゃまあ笑えるよな。
君は、と男は言い直して続ける。
「君は……君自身に何が起きたのかを覚えているか?」
ヒクッと自分の喉が動くのを感じる。
いきなり事件の核心に触れてきやがった。
そう、僕は覚えている。……と言うよりも寧ろ知らない。だってそうだろう。突然あんな事が起きて、気付いたらこんな場所で寝ていて、謎の男が不思議現象を起こしていて、こんなこと普通に考えて有り得ない。
どうかしてる。
現実だとしても僕の知らないことだらけのようだし、つまりこれは夢だ……
だがどこからが夢なんだ?
あの時点で僕の意識は一度途切れた。それ以前は確かに夢ではなかった……
となると……でも、
おそらく……いやしかし、
だとすると……
僕は――――
「君は……殺されたんだ」
一切の思考をぶち壊すのに十分な破壊力を持った一言。
飾り気の全く無い言葉のナイフに、僕の精神が断ち切られる。
あの時の記憶が、いや、光景がまだ目に焼き付ている。
そう、確かに僕はあの時殺された。
突然僕の目の前に現れ、そのカードを寄越せと言った
あの
狂った人間に――
思考。
「…………ふぅ」
結局僕は、運が悪かっただけなのだ。そう思えばこそ、僕は理性を保っていられた。
大体あのカード自体僕のものではない。公園のベンチで黄昏ていたときに偶然見つけたものだ。だから僕は隣の公園を管理している地区員の家に、落し物としてそれを届けようとしただけだったのだ。
「ホンットにままならないもんなんだな、人生って」
ものだった、か、正確にはな……。3分にも満たない程度の運命が捻じ曲がったくらいで人生が終わっちゃうんだもんな。
「ふむ……」
男は珍しいものを見つけたかの様に僕を見ている。瞼は開いてないが確かに視線を感じる。
「君は、落ち着いているのだな」
「実際危なかった。今だって声震えそうだしね」
死の直前のあの恐怖を深く思い出せば、今すぐに壊れてしまうことだってできる。しないけど。
それに考えようによっては、ここで壊れてしまうのは勿体ない。死後の世界が存在することがたった今証明されたわけなのだから。
男は僕の返事に再び微笑を浮かべると、口を開いた。
「そうか……、それでも平静を保っていられる君には、やはり資格があるのだろう」
「資格?」
「ああ。君はここがどんな所かおおよそ察しはついているのだろう?」
一秒ほど考えてから答える。
「……あの世?」
自信がないから『天国』とは言わない。どこまでの悪事が許されるのか分からないからな。
「そうだ。そちらの世界の概念で言うところのあの世だ、しかし君たちが信じるものと違う点はここが天国と地獄どちらでもある、いや、どちらでもない、と言うべきか。善人も悪人も、皆等しくこの地へ辿り着く」
「ふぇ~……」
ってちょっと待て、今この男、そちらの世界って言ってなかったか。てことは何?他にもいろいろ世界が存在するってこと?
「その通りだ。君がいた以外の世界も無数に存在する。もっとも私はそれら全てを総じて『世界』と呼んでいるがね」
話しながらも男の右手は何も無い空間を一定のリズムで触っている。何やってんだ、あれ。
「これは世界の調律のようなものだ、簡単に言えばな。この音は世界の情報であってこの音がテンポよく刻まれている限り世界は安定し続ける。…… …… ……ちなみに私がこの音を鳴らしている訳ではない。私は鳴っている音に触れて情報を確かめているだけだ…… …… ……まあ何度も繰り返しているからな、タイミングが合うのは必然だろう」
「へえ~。そうなのか……ってなにぃ!! 僕の心が読まれてるっ!」
ちなみにさっき僕は心の中で、「音鳴らしてんのおまえじゃん、そんな片手間でやってていい事なの?」「にしては右手が何かに触れるタイミングと音が鳴るタイミングがピッタリだな」と問うた訳だが、全て丁寧に返答していただいた。
男は当然のことのように、
「まあな。君たちの言う神のような存在だからな、私は」
とだけ答えると、話を戻した。
「先ほど言った通りここはあの世であり、『世界』中の死んだ人の魂が辿り着く場所だ。それはつまりそれぞれの分世界とこの地は魂の通路で繋がっているということだ。死人の魂はその通路を通ってこの地へ辿り着き、再び通路を通って別の世界へと転生する――」
ふむふむ、と頷いてはいるが本当に突拍子もない話だと思う。僕が中二じゃなかったら絶対信じられなかっただろうな。
男、もとい神様は僕の反応を認めると再び話し始める。
「しかしその理から外れたことが起きた。二人の魂が体ごとこの地に転移されて来たのだ、君と――――君を殺した男だ」
その言葉にぞっとする。
ここにいるのか? あの男が。
「いや、ここにはいない。転移の途中で魔人の魂が集まるあの世へと消えていった。その世界の神に呼び寄せられたのだろう、転移を起こしたのも奴だ。おそらく彼を魔人として転生させるつもりだ」
「何でそんなことを?」
聞くと、神様は眉を寄せて真剣味の増した声で答えた。
「暇つぶしだ」
おおぅ……。断言しやがったぞこの野郎。
「すまない。だが奴の気持ちも私はよく分かる。こんな終わりのない草原だけの世界……いや、魔人は砂漠だったか。そんな所で一人寂しく音を調べるだけの毎日…………考えるだけで涙が出てこないか? そんな殺伐とした日常に楽しみを生み出し刺激という名の新しい風を迎え入れてもいいとは思わないか! 少なくとも私はそう思う、だから私も君を…………ハッ!?」
そこにはバカな神様がいた。
語るに落ちるとはまさにこのこと。
……どうやら目の前にいるバカな神様は気付いたようだな、俺の背後に揺らめく殺意の炎に。
ユラユラと上体を揺らしながらバ神様ににじり寄っていく。
バ神様の両目は大きく見開かれている。
割と普通の目玉がそこにあって、さらに炎が激しく燃え上がる。
「ほほーう。つまり俺はあんたの暇つぶしのために呼び出されたってわけでぇぇ? つまり前半までのシリアスな展開とかは全てとんだ茶番劇だったってわけでぇぇ? つまりお前の目玉は写◯眼的なカッコよさは皆無で普通に見える普通の目玉ってことでぇぇ? つまりお前をぶっ殺してもいいってことだよなあぁぁぁぁああ!!!!」
言葉を放つと同時にバ神様に襲い掛かる。まずはその目玉だ!
「ま、待つんだ!せっかくここまでシリアスに設定とか説明してきたのにここでウワッ! ここでこんな戦いを始めたら作者面倒臭くなってやっつけで書いたな、とか思われてしま……クッ!」
なかなかすばしっこいバ神様であった。
「ええい黙れ! もともとシリアスに進める予定はない!」
なおもかわし続けるバ神様だったが、遂に僕のチョキが奴の両の眼孔へ突き刺さった。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
バ神様のキャラが完全に崩壊した瞬間であった。
「ふ、ふふふ……やったぜ…………!」
何とも言えぬ心地よさの勝利の余韻に浸りながら、バ神様を見下ろす。
「さあーて、聞かせてもらおうか。転生とはどうやったらできる?」
「……クッ……! 誰が教えるものか――」
必☆殺☆炸☆裂!!
駄菓子屋のババア直伝モンゴリアンチョップ!!!!
「こ、この神の衣があヘば……フきなヘ界にヘん生できます」
「ふん、寄越せ」
バ神様から衣を強奪してただのバカへと貶めた後
僕は転生した
一応ガチで考えてますよ。