十六品目
一応最終回です
僕と魔神はかの大部屋の地べたに座り込み、魔王の話を聞き終わった。騎士様は離れたところに立って、魔王の挙動に絶えず目を光らせてくれている。いい人だ。
魔王の話は、話というより、僕らの求める物を返すにあたっての条件の提示だった。
「つまり……その条件さえ飲めば杖とカードは返してくれるって言うのか? 殺してまで奪ったのに。とてもじゃないが信じられないね」
そう言い放つ僕の声に険があるのは仕方がないことだと自分でも思う。先ほどから、こいつに対する嫌悪と恐怖が湧き上がるのを止められないのだ。
「うむ。実に言いにくいのだが、私はこの体と生活が意外と気に入ってしまってな。君たちから奪ったものに今や大した執心は無いのだ」
「そんな馬鹿なことが……」
言いかけて、自分にも心当たりがあることに気付いた。
そう、僕も同じような転生を遂げたことがあったのだ。まだ最近のことだ。
その時僕は、見知らぬ男子高校生の体を乗っ取る形で生まれ変わったのだが、確かにあの時、本来の自分なら決して取らないような行動をとった記憶がある。
自分で選んだ行動のつもりでも、その実自分でも気づかない内に、依代の体やそれを取り巻く環境の影響を受けているのだ。結果、何かを行ったとしてもそれは、憑依した僕、或は媒体たる見知らぬ人物どちらの行動理念に基づいているものなのか、全く分からなくなってくる。
「心当たりがあるようじゃな」
ふいにかけられた言葉は、自分の懐から発せられていた。
魔神。
そもそもあの転生能力はこいつの弟であるバ神から奪ったものだ。つまり元はと言えば神の能力だったわけで。てゆうことはこの少女は魔王の気持ちをを理解できてるのかもしれない。
「ああ……お前はどう思う? こいつの言ってること」
「筋は通っておると思うぞ。儂も経験者じゃからの」
「じゃあこいつの言う条件ってやつをを呑むってことか?」
「まあ条件次第じゃな」
そう言うと魔神は、魔王に問うた。
「で、貴様の言う条件とはなんじゃ?」
魔王は口の端を歪めて愉快そうに笑うと、答えた。
「大したことでは無い。ただ、この上の階にいる弱い魔物を片付けてくれればいい。お安い御用だろう?」
なんだ良かった、そんなことでいいのか。だったらまた騎士様にお願いして蹴散らしてもらおう。
しかし何が不満なのか魔神はつまらなそうに鼻を鳴らすと、「貴様がそれでいいならな」と、よく意味が分からない返事をした。
「では早速上の階へ」
すると突然、部屋の中心に梯子が表れた。
「お先にどうぞ」と魔王が先を譲るが――こいつ本当に魔王かよ……。
それにこいつに背中を見せたくない気がする。何となくだが……、まあ当然の心配でもあろう。
「いや、僕は後からでいい」
そう断ると、僕の懐に潜り込んでる訳だし、魔神も「同じく」と断った。
一瞬魔王の顔が険しくなった気がしたが、気付けばこれまでと同じ、憮然とした表情に戻った。
「では」と、魔王はその梯子を上り始めた。後から僕&魔神、そして騎士様と続く。
それにしても魔王の条件を聞いたあたりから懐の少女がピリピリしている。静電気かな? そんなわけ無いよね。まあいいか。あと少しで杖もカードも返ってくるんだから期限も良くなるだろう。
光が届かないため、床からでは見えないほど天井は高く、梯子を上っていくと徐々に暗闇に飲み込まれていった。恐ろしくて下は見れない。
時間にして十数分だろうか、僕らは梯子を上り続けた。十数分って結構長かったんだな……かなりの重労働だった。
そして目の前にあったのは、扉。右と左にも一つづつ。
「この中にいる魔物たちを殲滅してほしい。なに、私の部屋まで来れたのだ、大したことではないだろう」
「ちょ、待……少し休ませて……」
ぜいぜいと空気を吸い込んでは吐き出し、呼吸を整えようとする。少女一人抱えて梯子を上ろうとしたのはやはり馬鹿だった。しばらく床に寝転がる。少女はそれでも僕の懐から出てくれない。
鼓動が落ち着いてきたのを感じ、立ち上がろうとした、
刹那――
魔王が僕らに背を向けた一瞬。
その瞬間、僕の服の胸の内側から何かが弾丸のように飛び出す。
その反作用で僕は後方に吹っ飛ばされる。ごろごろと転がっていって、壁に後頭部をぶつけ、目の前に火花が散る。
火花が消えると、今度は赤い霧のような、血しぶきが目の前で飛び散っている。
一連の出来事が一瞬の間に起こり、そして僕が目にしたのは――魔王、だった。
しかしその背中には一人の少女――魔神が張り付いている。
振り向く途中だったのか、魔王の体は腰を軸に横に捻じれていて、上半身を僕に対して垂直に構えていた。
そのため嫌が応にも目につくもの。
魔王の胸から一本の腕が飛び出ていた。一瞬遅れてそれが背中に張り付いている少女のものだと気づく。
魔神が殺したのだ。魔王を、しかも不意打ちで。
ごふっと血反吐を吐き出すと、何も言わず魔王は死んだ。
それを見て、僕はようやく固まった喉を動かせた。
「お、……おい……。何やってんだよ、お前」
魔神が腕を引き抜くと、そのまま魔王の死体はばったりと倒れた。
彼女は特に何も感じていないようだった。それといった動揺は全く見受けられない。その目は見たことがないほど冷ややかで。鋭かった。
「なに、儂らを殺そうとしたこいつを先に始末したまでじゃ」
「は、始末? お前……何言ってんだ?」
「こいつは儂らを始末しようとしていたのじゃ。この扉の先にいる魔物どもを使ってな」
「え……!? だ、だってこの階にいるのは弱い魔物たちなんじゃあ……」
「別にそうは言ってなかったじゃろう、それにこの階に弱い魔物は一匹もおらん。儂にはそれが見える」
そ、そうか……魔力が見えるんだっけ。でも、一体どうして――
「嘘を吐いておったのじゃろうな」
「嘘……?」
「うむ。杖などには興味無いと言ったのは実は嘘で本当はその力を失いたくないから、それを取り返しに来た儂らが邪魔だったのじゃろう」
言って、騎士様の方に彼女は向くと。
「お主を警戒しておったのじゃろうな」
と言う。その言葉に騎士様は驚いて、
「私……!? ですか……何故でしょう」
「衣を纏ったお主は相当強かったぞ。おそらく奴が使役していたという龍すらも倒しうる程にな」
そうだったのか。確かに二階フロアは騎士様無双だったけど……あれって魔物が弱かったんじゃないのか。失礼、騎士様。
「まあ奴の最大の誤算は儂が魔神だったことじゃな。そこに気づいておればこんな方法は取らなかったじゃろう」
どっちが……?
さらっとそう言う魔神を見て思う。
……どっちもだろう。
「あとはお主らを元の場所へ還してやって、この旅は終了じゃな」
こんな結末で終わりになるとは思わなかった。長い旅路を共にしてきた訳ではないが、それでも旅路の果てではもう少し劇的な別れがあるのではと、僕は期待していたのだが。
”事実は小説より奇なり”そんな言葉があるが、現実には”事実は小説より凡なり”といった事がほとんどなのだろう。そう考えると今回の旅は奇跡的、まさしく運命の星の下に生まれるようなものだったのかも。しかし過ぎ去った時を思えば、こんなことなら宝くじが当たる運命の星の下に生まれたかったと思ってしまう。
取り戻したカードは公園の管理人のおばちゃんに渡し、どうしても気になったので、後日そのおばちゃんに取りに来た人について尋ねてみたら、普通の小学生の男子だったらしい。
今後僕の人生において”奇”な時が刻まれることは無いだろう。
読んでくださった方々に心より感謝を、
そしてこの作品で目を汚してしまった方々に深く謝罪いたします。




