十五品目
僕が考えた作戦はこうだ。
人の姿に化けさせた魔神様で奴を誘惑、からの籠絡する。それだけ。
いけると思ったんです。だって、ほら、相手はいい年こいてトレーディングカードやってる奴だし。魔神娘もレイプされそうになったって言ってたし。クレイジー変態オタクかと思ってたよ。
結果。だめでした。
「いや人族のヌードとかないっすわ~。しかも幼女て。もっと大人の色香むんむんなのがいいっすわ~」的なことを言われたようだった。
僕と向かい合った目の前で魔神はうつむいて肩を震わせている。その目じりには涙が溜まっている。
「ま、まあ……ぷぷ……お前はよく頑張ったよ。ぷっ。一度恥をかかされた男に再び同じ恥をかかされるとは……ぷぷっ……称賛に値するよ。約束する、君の勇姿は僕の子々孫々まで語り継ぐとぶふぉっ!」
言ってると、突如稲妻の速さで彼女の細腕が振るわれた。
ボディーブロー、アッパー、からの金的。
あんた……それはダメでしょう……。
たまらずと腰を曲げて下がった僕の顔面に、渾身のストレート。軽く吹っ飛ぶ。
更に彼女は仰向けに倒れた僕に馬乗りになると、元いじめられっ子ボクサーもかくやといった猛烈な勢いのデンプシーロールで僕の顔面をタコ殴りつける。
ツーコンボ、スリーコンボ、フォーコンボ…………数えきれないほど殴られた。僕の美顔が修復不可能になったらどうするっ!
「おっ! まっ! えっ! のっ! せっ! いっ! で~~~~! 殺すっ! 殺すっ! ぐすっ。……死ぬまで殺すっ!」
「まぶっ……待ぶってぶっ! おぶっちつけぶっ」
顔の上で吹き荒れる暴風雨は止まらない。風は彼女の双腕。雨は僕の鮮血だ。
嗚呼、悲しいかな。たけり狂った彼女の心に僕の声はもう届かないようだ。騎士様にも届いてないようだが。うん。僕も何言ってるのか分からない。ていうか騎士様、おろおろしてないで止めてくれ。
どうやら彼は迷っているようだ。魔神の行為を強引に止めてもいいのか否か。腐っても神だからだろう。彼はそういうところが律儀というか何ていう……か……あれ? ……何か、川が見える…………あ、……じい……ちゃん……ヒサ……シ……ブリ………………。
「うぅ……」
「む。起きましたね」
「やっと起きたか」
目が覚めると、僕の顔を覗き込んでいる魔神と騎士様の顔が真っ先に目に入った。
体を起こそうとしたが、どういう訳か体がいうことを聞かず、まるで鋼鉄のグローブをはめたボクサーのデンプシーでめためたにされた自転車のように動きが鈍い。
「……あれ……? 僕、寝てたのか」
うぅ、頭痛が酷い。いや、むしろ顔面痛が酷い。
見回すと、そこは明るい巨大な部屋だった。数十本もの燭台の火がごうごうと燃え上がっている。
ああ、そうだ、ここは塔の中だ。僕を殺した憎き相手との因縁にケリをつけるために乗り込んで魔物たちとの戦闘を僕と騎士様の華麗なコンビネーションで切り抜けつつ進んで行き、ようやく部屋の前まで辿り着いて……あれ? そのあとの記憶が無い。部屋に入ったんだっけ……?
「まったく。お主は二時間ほど気絶……ゴホンッ、寝ておったのじゃぞ」
なぜか後ろの騎士様の顔が引きつっている。
「ゴメン。魔物に不意打ちでもされたのかもしれない、ちょっと記憶が無くてさ。助けてくれたの?」
「うむ。まあな」
彼女は無い胸を張って堂々と答えた。後ろ暗いことなんて何一つ無さそうな態度だった。あれ? 何言ってるんだ、僕は。そんなものあるわけないだろ。
「助かったよ、二人ともありがとう」
心から感謝の言葉を述べたつもりだが、騎士様が心持ち苦しそうな顔をしているのはなにゆえだろうか。魔神娘は夏のひまわりのように明るい笑顔を浮かべているが。きっと彼女の人生に汚点なんてものは存在しないんだろうな。あれ? 何言ってるんだ、僕は。そんなものあるわけないだろ
まあそれはさておき、僕のせいで遅れた分は僕の活躍で取り戻さなければならないだろう。例えば、そう、この後待ち受けている戦いを僕一人で何とかする、とかね。……おっと、膝が笑ってる。ふん、笑いたければ笑えばいいさ。そうゆう意味じゃねえよっ……あれ、どうゆう意味だっけ……?にしても全身が痛いし熱い。これって強くなった証じゃね? この痛み、どうやら僕の急激な進化に体がついていけてないと見える。しかしこの痛みも今となっては心地いい……ふっ。この痛みが僕をまた一つ強くする……。
まともな思考を取り戻せていないことに、僕自身気付いていなかった。
根拠のない自信に満たされながら、僕は立ち上がった。
「いよいよ決戦の時か……」
心の中でふんどしの緒を締めなおす。準備万端、気力は充実している。
と、その時、後ろから騎士様が言いにくそうに声をかけてきた。
「いえ……冒険者殿、もう良いのです」
「は? 何が?」
「あなたが寝ている間に色々あって……戦う必要が無くなりました」
その言葉に驚いて顎が落ちる。
へ? 何それ何それ何だいそれ。
僕が寝てた間に二人は物語を先に進めちゃってたってこと? 僕抜きで。ドラゴンとかと決死の攻防を繰り広げて、勝っちゃったってこと?
わなわなと全身を震わせる。二人は不安なような困ったような顔でこちらを見ている
……おまいさん……それって、それって――
「グッジョブ」
「はい?」
「もう戦わなくていいんだろ? いやー良かったー。いや、僕がじゃないよ、君たちがだからね? 僕の真の力でドラゴンを木端バラバラにせずに済んで良かった良かった。命は大切にしなきゃな。で、何? もう杖とカードは返してもらったの?」
いやーこれにて僕らの旅は終了か~。意外と楽ちんだったな~、重畳重畳。
などと考え安心しかけていたところ、……あれ? 騎士様の表情が何やら渋柿のようなのだが……。
騎士様は難しい表情のまま、口を開いた。
「いえ、まだ終わったわけでは無くて……あとは彼の話を聞きましょう。私たちもまだ聞いてはいないのです」
はい? 何の話? と思った、その時。
「うむ。後は余が説明しよう」
聞き覚えの無い低い声。すぐ後ろからだ。
反射的に振り向くと、巨大な影。三メートルは優に越しているだろうか。魔神と同じく真っ黒の肌に包まれた大男がいた。
この後、僕らはそろって彼の長い身の上話を聞くこととなる。
彼は僕らが探していた相手――見た目は違うが僕を殺した男であった。
クライマックス長引いてます。




