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東方刃之抄  作者: ミカミ
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プロローグ

【ご注意】本作品は東方Projectの二次創作小説です。また、俺TUEEE要素が多分に含まれる可能性がございますのでその点にもご注意をば。

 普段なら朝のホームルームが始まっている時間帯に、ひとり、制服姿で廃線を歩く。

 何と愉快なことだろう。

 当然だが、もう三十年も前に放棄された線路を歩く人間など志野崎伊織しのざきいおり以外にありはしない。右手には草ぼうぼうの河川敷、左手には名前があるかどうかもわからない山。そしてその間に挟まれるようにして延々と伸びていく錆びた鉄道。

 悪くない。照りつける初夏の陽射しを浴びながら、伊織はいっぱいに伸びをした。

 はっきり言ってしまえば、これはていのいいサボりだ。学生なら誰しも、学校に行きたくない、そういう不満を持って生きている。それは日常的な不満だから、大抵の場合は耐えられるのだが、一ヶ月に一回くらいは、どうしても行きたくない日というのがでてくる。溜まりに溜まったストレスが爆発し、何だかどうでもよくなって、脈絡のない旅などをしてみたくなる。今日の伊織はまさしくその手の旅に毒された類の人間だった。

 ゆえに伊織は、サボったからといって家の中でごろごろすることをよしとしなかった。もちろん家にこもっていてもできることはたくさんあった。まだ手をつけていないゲームがあったし、読みたい漫画など数え切れない。

 が、しかしそれではいけなかった。

 今はやっぱり、旅する気分なのだった。

 今回の伊織は少しばかり趣向を凝らしていた。いつも通りに起床し、いつも通りに朝飯を食って、いつも通りに家を出た。ちゃんと制服も着た。そこまでは常と変わりない。

 では何が違ったのかというと、彼は気だるい「行ってきます」を誰に言うでもなく告げた後、高校への通学路とは真逆の道を歩き始めたのだった。

 べつだん派手なことをしたわけではないのかもしれないが、伊織の胸には会心の思いがあった。つまらないルーチンワークを強いてくる社会に、一矢報いてやった気がしたのだ。

「ふう」

 ため息さえ幸福の象徴であるように思える。

 こうして孤独に線路を歩く姿は、まるで昔のアメリカ映画のようだ。伊織は上機嫌だった。

「俺はぁ、自由だーっ!」

 意味もなくそう叫んでみた。声は初夏の爽やかな風に吸い込まれて、どこへともなく消えていく。

「よし」

 せっかくここまで来たんだ。どうせなら、この廃線の終わりを確かめに行こう。約束された今日一日の自由を、せいぜい有意義に使ってやろうじゃないか――足取りも軽やかに、伊織は歩き始めた。

 三十分ほど歩いた頃になって、ようやく伊織の正面に古びた建物が見えてきた。

「……駅か?」

 到着してみると、まさにその通りだった。かつてはここにも人の往来があったのだろう。小さな廃駅にはホームがあり、ベンチがあり、改札があった。しかしそのどれもが、今となっては流れゆく時の中で口を閉ざしているように見えた。

「へえ、こんなところに駅がねえ」

 誰に言うでもなく伊織はつぶやいた。自分が生まれるずっと前に忘れ去られ、生まれてからも思い起こされることはないであろう名もない駅。もう電車が停まることはないであろうホーム。かつてこの下で誰かが誰かを待ったに違いないトタン屋根。

 ふいに伊織はこの駅の名前が気になって、辺りを見回してみた。撤去されていなければどこかに看板があるはずだが――、

「あ、あった」

 駅が古ければ駅看板も古かった。錆びだらけで、あちこちへこんでいて、おまけにつたまで絡みついていたが、何とかそのかすれ気味な文字を読み取ることはできた。

「まち……びと?」

 確かにそう書いてあった。

 まちびと。どういう漢字を当てるのだろうか。「待ち人」か、あるいは「町人」か。いや、地名に「人」という漢字を使うのは何だか違う気がする。しかし、だとすれば一体どんな――、

「『待つ』に『人』でいいのよ、志野崎伊織くん」

「うわああっ!」

 突如背後から響いた女性の声に、伊織は思わず飛び上がった。

 泡を食った伊織は、それでも何とか首だけで振り返り、そこに不思議な装束をまとった女性の姿を見た。

 紫と白で構成された中華風とも和風ともつかない服。法衣というのか道士服というのか、その手の知識がない伊織には判別がつかなかったが、ともかく、この殺風景な駅のホームにおいて異彩を放っているのは間違いない。頭にはこれまたみょうちきりんな、つばのない帽子。手には日傘。あちこちリボンで結ばれた長い長い金色の髪。そして、

 とても綺麗な人だなと、伊織は思った。

「あ、あの……警察の方、ですか?」

 言った後で、自分を思い切り蹴飛ばしてやりたくなった。どこの世界にこんな警官がいるものか。

「ふふふ、違うわよ」

 案の定笑われてしまった。顔が熱くなるのが自分でもわかる。手近な柱に全力で頭突きしたい気分だった。

「あの、えっと……何かすいません」

「どうしてあなたが謝るのよ」

 女性はにこやかに微笑みながら、日傘の柄をくるくると回した。

「さっきから見ていたけれど、面白いわね、あなた。ひとりで叫んだりして」

「え……見てたんですか」

 伊織の脳裏にフラッシュバックする、半刻前の自分。

『俺はぁ、自由だーっ!』

 まるっきり嘘だった。

 その事実だけで十回は死ねた。

 顔から火が出るとはまさにこのことを言うのだろう。伊織の自我は崩壊寸前だったが、彼も男だ。精一杯の強がりで自分を保たなければならなかった。

 深呼吸をひとつ。

 どうにか頭が冷えてきた。

 そうして冷えた頭で考えてみると、今度はこれまで留保していた問題が急速に頭をもたげてきた。

 この人は一体何者なんだろう。

 筆頭に挙げるべきはその胡散臭さだ。変わった服装に始まり、『さっきまで自分を見ていた』というその言動、崩れない微笑、音もなく背後に立ったくせに、視界に入ると強烈に自分を圧倒するその存在感。

 よくよく考えてみれば、常識のものさしで測れるものなど何ひとつなかった。

 それに何より不可解なことがひとつ。

 ――どうしてこの人は俺の名前を知っている?

 もう少し警戒心を抱くべきなのだろうか。相手が「女性」で「綺麗」だからという理由だけで警戒しないというのは何だか間違っている気もする。

 それらは所詮見せかけの、表面的な情報に過ぎないのだから。

「あの……本当に、警察の方ではないんですよね? 俺を逮捕したりは」

「しないわよ」

 ふふ。

 また笑われてしまった。

「じゃあ、駅の管理局の方、とか?」

 警察官よりは妥当だろうが、この質問にも自信はない。むしろこんなナリで頷かれても困るだけだった。

「そう見える?」

「……いえ、全然」

 伊織は続く言葉を失ってしまった、もはや何を言っても正解にはたどり着けないような気がする。その意味で、不敵な女性の笑みは、越えられない壁に似ている。

「じゃあ私の方からも質問」

 くるくる回る日傘をぴたりと止めて、女性は大きな瞳で伊織を見つめた。もしかするとこの人は、この状況自体を楽しんでいるのではないだろうか。だから真実を言わないし、さっきから笑ってばかりいる。そう考えれば納得がいく部分も多くあるのは事実だ。

「あなた学生よね? 学校には行かなくていいの?」

 えらく常識的な質問が来た。しかしそれゆえに答えにくい。

「っあの、今日はその、創立記念日なんですよ、学校の。だから休みなんです」

「ではなぜ制服を着ているの? それは私服ではないわよね?」

「う」

 この人、するどい。

「いやっあの、これはあれです、ほらえっと……忘れてたんです! 今日が休みだってこと。学校に行って始めて気がついて。で、」

「暇だからちょっと旅をしてみようと思ったわけね」

「そういうことです!」

「ふーん」

 見抜かれている。この人には多分、何もかも。そんな気がしてならない。

「でも」

 そして、女性の顔から笑みが消えた。

「あなたの学校の創立記念日は、確か来月よね」

「えっ」

 頭をがつんと殴られたような衝撃。

「しかもあなたの高校では、その日を休日と定めていない。県立相河西高校二年三組出席番号十八番の志野崎伊織くんに、それがわからないはずはないと思うけれど?」

「な、何で、俺のことを……」

 心臓が早鐘を打ち始める。

 そうだ。異変の兆候はあった。こちらは相手のことを知らないのに、相手にはこちらのことが知られているという、釣り合わない状況。

 正しい名前を呼ばれたということは、顔も知られていたということだ。

「どうしたの? 顔真っ青よ、あなた」

 何なんだ、この人。

「ふふ」

 女性は笑う。いや、もうその姿を伊織はただの女性と見ることができなかった。

 たとえるならそう、妖怪や、化物のような。

「ねえ伊織くん。あなた、生まれ変わりたいと思ったことはない? どこか別の世界に、今よりずっと刺激的に生きられる場所があったとしたら、それはとても素敵なことだと思わない?」

「ひ……」

 喉に張りついた声は、とても自分のものとは思えなかった。

「私はここで待っていたのよ、あなたをね」

 女性がぱちんと指を鳴らすと、伊織の前に黒々とした空間が口を開けた。

「嘘だ、そんな、何だこれ……」

 ちょっとした気分転換のつもりだったのだ。一日くらいならサボっても問題はないだろう。そう思っていた。

 これが、その罰だというのか。

「これは夢の扉よ。めくるめく幻想にあなたをいざなう、魔性の扉」

 伊織には、もはやどんな音も聞こえてはいない。

 ただその瞳が、眼前の空間を見つめている。

 ふいにその奥底から、幾千幾万の瞳が伊織を見返してきた。

「うわあっ、」

 それが、現世における志野崎伊織の最後の言葉だった。

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