第94話「視察-4」
「ふぅ……」
ハルとセブが二人で植物園を楽しんでいた頃。
植物園の中心ではトトリが一人で椅子に座って佇んでいた。
「トトリ」
「ああ、ワンス」
そこへ、ハルたちが入ってきたのとは別の方向からワンスがやって来て、トトリに声を掛ける。
「ハルとセブは?」
「セブが躊躇ったり、ハル君が拒否したりしてなければ、今頃は二人だけの世界のはずだよ?」
そんな二人の表情は、ハルとセブが今何をやっているのか知っているにも関わらず、落ち着き払った物であり、そこには一辺の動揺も見て取れなかった。
そう。二人の表情が示すように、セブがこの日、この場所でハルを誘惑する事は、予めトトリたちにも伝えられていた事であり、知らなかったのはハル一人だけだったのである。
「つまり予定通りと言う訳かい。アタシもそうだけど、トトリも良く今回のセブの計画を許したものだね」
「私だってムっときた部分が無いわけじゃないよ。でもそれ以上に……」
「うん。まあ、そうだね……」
二人の脳裏に同じ光景……ハルとの初夜が思い浮かぶ。
そして、その時の事を思い出した二人は、無意識に視線を宙に彷徨わせていた。
「こほん。とりあえず、今日明日の二日間。セブは使い物にならないと考えた方が良いだろうね」
「そうだね。私たちの時もそうだったけど、ナイチェルさんの時だってハル君は結構疲れてたはずなのに、アレだったからね」
「まあ、おかげでナイチェルは素直にアタシたちの考えに賛同を示してくれたわけだけどね」
「今日が終われば、たぶんセブも賛成してくれると思うよ」
やがて二人は意識を戻すと、自分たちが今画策している物についての話し合う。
それはハルを中心としたハーレムについての話であり、現状ではワンスとトトリ、ナイチェルの三人が参加しているものについての話だった。
勿論、こんな話は普通、ハーレムに組み込まれる側の女性がするような話ではない。
だがハルの場合は……
「今更だが、アタシたち二人でもやっとだった、ほぼ全快のハルを一人でか……」
「何と言うか。勇者だよね……」
その色んな意味で高すぎる能力の為に生じかねない不幸な結末を防ぐためにも、ワンスたち自身でそう言う集団を作らざるを得なかったのである。
だが、実際に体験したことが無い者にその凄まじさは分からないことである。
それ故にワンスとトトリの二人は、そのような集団が有るにも関わらず、セブ一人によるハルの独占にも繋がりかねない計画を受け入れ、その結果として今起きているであろうセブの現状については憐憫の情を向けるだけになったのだった。
「それで、聖陽教会・自殺派の人たちは来たの?」
「いや。22番塔警備の人間にも確認を取ったけど、やっぱり来てないみたいだね」
と、ここで二人の話はハルとセブについてから、目下、最も危険な敵である聖陽教会・自殺派についての話に変わる。
「まあ当然かな。私の目で見ても空港の中は厳重な警備だったし」
「そうだね。奴らが保有していると予想される戦力じゃ、警備が薄そうに見える表側でさえ、どうやっても突破は出来ないと思うよ」
「つまりそれだけ、奴らの戦力も削れて来ているってこと?」
「そう言う事になるね。実際、今日も黒幕に気づかれないように、相手の戦力を削っているはずだよ」
二人の口調は軽いが、その表情は今までとは比べ物にならない程に真剣なものになっている。
「で、本音を言えば、此処で奴らの戦力不足が祟って、襲撃を諦めてくれれば、今度の31番塔の施設視察を心置きなくやれるんだけどねぇ……」
「それは無理だって、オルガさんたちが言ってたじゃない。それに……」
「それに?」
「どれだけ奴らの戦力が少なくなったって、最後の一人の刃がハル君に届いたら私たちの負けなんだよ」
「それを言ったら、アタシたちの内の誰か一人がそうなってもハルにとっては負けだと思うけどね」
「それもそうだね」
そんな二人の瞳に宿っているのは強い意思の光。
決して、自分たちを害そうとする者たちの思惑通りにはなってやる気はなく、自分自身を含めた誰も傷つかせないと言う決意の光だった。
そうして、二人はその意思そのままに、ワンスが持ってきた地図を広げ、襲撃が有った際にどう動くべきかの検討を始める。
「でもさあ、ワンス?」
「何だい?」
で、検討を始めてからだいぶ時間が経ち、日もだいぶ暮れてきた頃の事だった。
「例の連中よりも先に、まずはハル君に徹底的に教えておくべきじゃない?」
「教えておくって……ああ、手加減とかの事かい」
二人は地図から顔を上げ、同じ方向に顔を向ける。
「あれ?ワンス?どうして此処に?」
そこに居たのは、見るからにぐったりとした様子のセブと、そんなセブを抱えたハルの二人。
「「……」」
「えーと?」
二人の服装は当然のことながらかなり乱れていたし、草木の臭いに誤魔化されてはいるものの、自分たちも嗅いだ事のある独特な匂いがだいぶ漂ってきていた。
二人の間で何が有ったのかなど、言うまでもないだろう。
「じゃあ、トトリ。そう言う事だから」
「うん。ワンス。思いっきりやっていいと思う」
「二人とも?」
トトリとワンスの二人は一度お互いに目配せをする。
そして……
「ハル!」
「ハル君!?」
「!?」
ワンスによるハルの拘束から、トトリによる説教が始まるのであった。
なお、余談ではあるが、この時の二人の様子をハルはこう言っている。『二人の背後に狼と鷲の皮を被った大鬼が見えた』と。
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