第93話「視察-3」
「はい。ここら辺が空港のロビーになります」
「へー、ダイオークス饅頭にダイオークスクッキーなんてあるんだ」
「思いっきり土産屋だな」
続いて俺たちがやってきたのは空港のロビー部分。
そこにはダイオークスの人たちだけでなく、ダイオークスの人たちとは身なりや纏っている雰囲気が違う人々が行き交い、そんな人々をメインの客層にしていると思しき出店……と言うか、土産屋が立ち並んでいた。
ああいや、もちろん土産屋以外にも、出入国の手続きをする場所と思しきカウンターや、手荷物検査を行うためであろう場所とかもあるんだけどさ。
でかでかとノボリや看板が掲げられているせいで、どうしても目が行くんだよね。うん。
「あ、良い樹の香り……」
「ダイオークス土産の定番だからねー。僕も好きだよ」
なお、どちらも良い樹の香りがして、とても美味しかったので、お土産としても購入しておいた。
ちなみにこのダイオークス饅頭とクッキーの製造を行っているのは22番塔では無いまた別の塔だそうで、他の商品にしても22番塔以外が生産している物が大半との事。
やっぱり空港と言う重要な施設だけあって、多くの人が関わるようになっているんだな……。
「さてと、ハル様。ちょっといいですか?」
「何だ?」
「む……」
で、ダイオークス饅頭とクッキーを食べ終わったところで、セブが自分の腕と俺の腕を絡ませた上に、上目づかいで俺の顔を見ながら声を掛けてくる。
背後でトトリが俺の背中を睨んでいるのは……敢えて気にしないでおこう。うん。
セブだから、そこまで俺の理性を直撃……上目遣いはちょっと来たが、腕絡ませの方の破壊力はそこまででは無かったので、理性はまだ大丈夫だしな。
「ハル様?」
「ん?ああ、続けて」
「えーと……じゃあ続けますね。普通の視察なら、ここから22番塔が管理している滑走路や管制塔と言った、一般人は立ち入り禁止である空港の中枢部なんかを見に行くんですけど。今回の視察では、そう言う部分は見せない事になっているんです」
「俺とトトリが22番塔外の人間で、普段は一般人として暮らしているから?」
「はい。なので、申し訳ないですけど、この後は空港に併設されている植物園を見に行くことになってます」
「植物園?」
「はい。じゃ、ハル様も、トトリ様も付いて来てくれますか?」
「分かった」
「うん。よろしく」
まあ、俺とトトリを介して、警備や保安の観点上で重要な点が漏れる可能性は十分にあるしな。
そう言う事なら、空港の中枢部を見れないのはしょうがない。
と言うわけで、俺は片腕をセブに、もう片方の腕をトトリに掴まれ、周囲から軽い嫉妬の感情がこもった視線を向けられつつ、セブの言う植物園へと向かう事となった。
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「ここがダイオークス空港併設の『ニクズク植物園』です」
「はー……いい香り……」
「これは凄いな……」
俺たちがやってきた植物園は、透明な半球状の天井によって外から直接日光を取り入れられるようになっており、樹木だけでなく多数の草花も植えられていた。
そのため、温室のような室内には草木の香りが満ち溢れており、ただこの場に居るだけでも、気分がすっきりするように感じた。
「ここ『ニクズク植物園』は、数代前の22番塔塔長が作った施設で、ダイオークスの中でも貴重な本物の日光を浴びることが出来る場所。と言う事で、普段は大勢の人で賑わっている場所なんです」
「普段は?そう言えば、今は人が……」
俺はセブの説明を聞いて、周囲の音を探ってみるが、俺たち三人以外には人が居るような気配はしなかった。
「あ、決してハル様たちの為に他のお客様を追い出したわけでは無いですよ。単純に定休日だったところを、特別に入れて貰っただけです」
「じゃあ、他に人は居ないんだ」
「うん!」
トトリの言葉にセブは満面の笑みで答えるが、定休日に俺たちの為だけに開けるって……それでも十分に大変な事なんじゃ……?
「そんな訳なので、夕方まで各自で自由に植物園の中を見て回って、夕方に植物園の中心で合流と言う事になります。あ、美味しそうだからと言って、そこら辺に生えている木の実とかを食べたり、植物園の外に出たりしたら駄目ですからね」
「……ふうん。じゃ、ハル君。また夕方に会おうね」
「え、ああうん」
が、俺がそのことを指摘する暇も無く、セブがこれからの予定を告げたところで、トトリは一瞬セブの顔を見た後に植物園の中へと駆け出していき、あっという間にその姿は見えなくなってしまった。
まあ、植物園の中に他に人が居ないのは間違いないし、一人でも問題は無いか。
「じゃあ、俺も……」
「ハル様は僕と一緒」
「セブ?」
そして、俺がトトリにならって一人で植物園の中を見に行こうとした時だった。
今までよりも強くセブが俺の腕を掴み、自分の胸へと抱き寄せたのは。
えと、これはもしかしなくても……。
「トトリ様も気を使ってくれたし。折角の二人きりだからね」
「……」
「ハル様。補佐役の中でも、26番塔の二人を除いたら、僕だけまだなんです。だから……」
そう言う事らしい。
「はぁ……しょうがないな」
「じゃあ……」
ああうん。
周りに人影は無く、安全も十分に確保出来ていると言う事で、状況的には全く問題なし。
おまけに相手は懇願するような目で、上目づかいをしながら、こちらにねだって来ている。
此処までやられたら、どうしたって反応はする。
となればだ。
男としては……
「集合時間にはまず間違いなく遅れることになるだろうな」
「ハル様」
この花の園を楽しむ他ないだろう。
「……(無言で腕を肩の高さにまで上げ、走り出す)」
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