第86話「特別訓練-3」
「さて、練習前にお前が言う所の本来の【堅牢なる左】について、中央塔大学の教授たちが頭を悩ませた結果の結論を伝えておくぞ」
「はい」
さて、本来の予定……二種類の【堅牢なる左】の使い分けを出来るようにするための訓練だが、まずは学者様たちの推測かららしい。
「えーと、中央塔大学の教授によればだ。『【堅牢なる左】の原理や発動条件については不明瞭な部分が多く、現状の我々の知識ではそれらについて解明する事は出来ない。が、発動時に起きた現象からして、少なくとも本来の【堅牢なる左】を発動するためには、大量の物質とエネルギーが必要であることは間違いない』だそうだ」
「それはまあ……そうでしょうね」
「あからさまに残念そうな顔をしているな」
「まあ、それもしょうがないと思うぞい」
ただ、その推測は……こう言っては悪いが、【堅牢なる左】を使っている俺自身にとってはそりゃあそうだろうとしか思えない内容だった。
「そんな顔をするな。アイツ等も流石にこれだけしか分からないんじゃ、名誉ある中央塔大学の教授として拙いと思ったのか、本来の【堅牢なる左】を発動するために必要なエネルギーの量と、そのエネルギー量分だけの瘴気を集めるのに必要な水の量とかは計算してきた」
「はぁ?」
「まあ、そう言うわけでだ。運び入れてくれ!」
サルモさんの声に応じる形で、本来ならば瘴巨人を中に入れるための扉から、複数のドラム缶を乗せた台車と、防護服を吊るしたラックが部屋の中に運び込まれる。
で、よくよく見れば、台車を押している人もラックを運んで来た人も、塔の中だと言うのに防護服を着込んでおり、瘴気を完全にシャットアウトできる状態になっていた。
「ハル。少し待っていろ。この先は流石に防護服を着ていないと俺たちは拙い」
「分かりました」
サルモさんはそう言うと防護服を着始め、シーザさんたちもサルモさんに倣うように防護服を着ていく。
そしてその間に、俺は運び込まれた物を観察する。
うーん、話の流れから察するに、ドラム缶の中身は大量の瘴液または瓦礫で、防護服はサルモさんたちが普段から使っている物なのかな。
防護服の方には色々とパーツが付けられているみたいだし。
「よし。シーザ。穴とか隙間とかは無いな」
「はい。大丈夫です。サルモ隊長。私の方はどうでしょうか?」
「問題なしだ。納豆爺は……」
「とっくに着終わっておるぞ」
「なら問題ないな」
と、そうこうしている内にサルモさんたちは防護服を着終わり、サルモさんはドラム缶の方へ向かい、シーザさんとドクターは万が一に備えてなのか、高台になっている場所に移動する。
また、ドラム缶を運んで来た人たちにしても、既に部屋の中から去っているようだった。
「よし、ハル。俺がドラム缶の蓋を開けたら、訓練開始だ。お前のタイミングで発動出来るかどうかを試してみてくれ」
「分かりました」
「じゃあ開けるぞ!」
そして、サルモさんが大量にあるドラム缶の蓋を全て開ける。
それはつまり、後は俺の意思と能力次第と言う事になる。
「すぅ……」
俺は目を閉じ、呼吸を整え、意識を集中させる。
その状態で思い出すのは、初めて本来の【堅牢なる左】を使った時の事……つまりは、鹿王と戦い、鹿王を倒した時の事。
「はぁ……」
あの時の俺はトトリを守るために、鹿王を倒す事を望んでいた。
そして、その意思に応じる様に本来の【堅牢なる左】は発現した。
ならば、発動に必要な意思は何かを打ち倒そうとするものか?
いいや、違う。
「すぅ……」
そもそも、初めて【堅牢なる左】が発動した時も、サルモさんの攻撃を左手で受け止めようとした際に発動していたではないか。
そうだ。
よくよく考えてみれば、【苛烈なる右】がその名の通りに攻撃的な要素を集めた様な物なのだから、【堅牢なる左】もその名の通り、守りに必要な要素を集めた物なのだ。
ならば【堅牢なる左】の発動に必要な意思とはつまり……。
「【堅牢なる左】……起動!」
何かを守ろうとする意志だ!
「おおっ!?」
「これが……」
「ふむ……」
俺が何かを守ろうとする意志と共に【堅牢なる左】を起動した瞬間。
ドラム缶の中の水が見えない管を通るように、俺の左腕へ……目には見えない【堅牢なる左】の元へと集まっていく。
そして、それに合わせる様に、赤と青の二色が微かに見える黒い鱗が、まるで虚空から滲み出すように、【堅牢なる左】の腕の形に合わせる様に現れ出す。
「これが【堅牢なる左】!」
やがて、そこに現れたのは全体が黒い鱗に覆われ、その先端から五本の爪が伸びる、鯨の鰭のような腕……本来の【堅牢なる左】だった。
「や……」
俺は本来の【堅牢なる左】が発動できたことに、歓喜の声を挙げようとする。
「ぐっ……!?」
「ハル!?」
「何だ!?」
「こりゃあいかん!」
が、その前に突如として俺の全身に倦怠感と重量感が襲い掛かり、それと同時に【堅牢なる左】の黒い鱗が、まるで出てきた時の映像を逆再生するかのように空中へと滲み消えていく。
そして、俺の身体は倦怠感と重量感に負ける様に前に向かって倒れ込み始め……手を伸ばして倒れるのを阻止しようとすることも、衝撃に備えて身構えようとする事も出来ない内に硬い床が俺の眼前へと迫り……
「!?」
俺の顔が床にぶつかる前に、とてつもなく臭い何かを口の中に放り込まれた。
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