第8話「キャリアー-3」
「で、実際問題として何の説明をするんだ?」
「そうですね……瘴気の事について説明しておきましょうか。どうにもハル君がイメージしている瘴気と、私たちがこの世界で接触している瘴気は別物のようですし」
「そうだな。ハルの奴が分からなかった単語は全部瘴気関連だったし、それでいいと思うぞ」
「あれ?そうなんですか?」
さて、ダスパさんたちが何を説明してくれるのかと俺は思っていたのだが、どうやら俺が認識している瘴気と、ダスパさんたちが言う所の瘴気には大きな違いが有るらしいので、そこら辺の説明をしてくれるらしい。
と言うか、俺が異世界人だと認定されたのは、もしかしなくてもこの瘴気関係が答えられなかったのが原因っぽいな。
「では瘴気についての説明を」
「よろしくお願いします」
俺は真剣に授業を受ける時と同じように、背筋をまっすぐに伸ばしてニースさんたちを注視する。
「まずハル君は瘴気を見た事が無いと言っていましたが、既にハル君はこの世界の瘴気を見たことが有ります」
「へ?」
そして最初に言われた言葉から既に予想外の言葉だった。
既に見たことが有る?それはどう言う……?
「単純な話だ。この世界の瘴気ってのは、外にある血のように紅い霧の事なんだよ」
「え!?」
俺の疑問を氷解させるように、ダスパさんが開かれたままになっている運転席のドアを親指で指さす。
その先には当然だがフロントガラスがあり、ガラスを挟んだ先には紅い霧に覆われ、廃墟となっている街並みがある。
この街を覆っている紅い霧が瘴気?だとすればダスパさんたちと合流するまでの俺はどれだけの瘴気を……?
「安心してください」
混乱しかけた俺の頭がニースさんの声で現実に引き戻される。
「理由は分かりませんが、ハル君には瘴気に対して著しく高い抵抗力。もしくは瘴気を無毒化する能力があるようですから」
「それはどう言う……と言うかどうしてそんな事が分かるんですか?」
「俺たちは学者じゃないから、理屈については分からん。が、ハルにそう言う能力が無ければ、俺たちに合流する前に間違いなく死んでいるはずなんだよ」
「何せ、瘴気の毒性ってのはその性質上、植物、動物、微生物関係なく一吸いで確実に逝く程の毒だからな。普通の人間は防護服が無ければ間違っても外での活動は出来ないんだよ」
「なる……ほど……」
俺はニースさんたちの言葉に静かに頷く。
何と言うか、無知と言う物がどれだけ恐ろしいものなのかを教えられた感じだった。
どういう理由や理屈なのかはともかくとして、俺に瘴気に対する能力が無かった場合の事を考えたら、背筋が凍り付くような話だった。
「そして、この世界の現状ですが、三百年ほど前からダイオークスのように相応の構造でもって外部と隔絶した場所を除いた世界中の地表、地中、水中が瘴気に汚染され、そこに居た生物は全滅したとされています」
「!?」
そして、続けて発せられたニースさんの言葉に俺の背筋は明確に凍りついた。
だってそうだろう。
無茶苦茶な話にも程がある。
一吸いであの世行きになるような瘴気が世界中にって……どう考えても世界滅亡一歩手前じゃないか。
「心配すんなよハル。人間ってのは無駄と言われるほどに逞しく、図太い生き物なんだ。三百年前には色々とゴダゴダが有ったらしいが、世界中が瘴気に覆われちまう前にダイオークスのような場所を幾つも作り上げて、今じゃ逆に瘴気を有効利用する術まで幾らか備えているぐらいだからな」
俺の不安を和らげるようにダスパさんがそう言ってくれる。
でも考えてみたらそうだよな。
三百年前に地上をくまなく瘴気が覆い尽くして、そこで人類が滅んでいたのなら、今頃ダスパさんたちが居るはずがない。
「すみません。取り乱して」
「良いって良いって。ハルはこの世界の事を何も知らねえんだから、しょうがねえ事だよ」
「うっ……ありがとうございます」
ダスパさんはそう言うと、俺の頭のもやもやを払うかのように、俺の背中を多少強めに叩いてくれる。
うん、何と言うかもう少し落ち着いて、しっかり考えて、情報を収集しないといけないな。
知識は多くて損になる事は無いんだし。
「それでえっと、瘴気の有効利用と言うのはどういう物なんですか?」
「そうだな……手近な例だと、まずはこのキャリアーが瘴気を動力として動いてるな。他にも初めて俺たちとハルが出会った時に着ていた防護服に瘴巨人だな。特に瘴巨人なんかは最先端瘴気学の結晶だと言ってもいい」
「瘴気学?」
俺が今乗っているキャンピングカー改めキャリアーと言うのが瘴気で動いていると言うのも驚きだが、また分からない単語が出て来てしまった。
瘴気学って何だ?
「簡単に言ってしまえば、瘴気に関する様々な事を研究、応用する学問の事です。詳しい内容については……流石に話している時間が無いですね」
「だな。そもそも俺らだと瘴気学の『しょ』の字ぐらいしか分からねえし」
「まあ、詳しい理屈が分かっていなくても、注意事項をきちんと守っていれば外で活動する事は出来るしな」
「とりあえず、難しいお話だってことは分かりました……」
どうやらニースさんたちもそこまで瘴気学と言う物に詳しい訳ではないらしい。
まあアレだよな。
危険度は桁違いなんだろうけど、元の世界で言うなら、包丁の作り方は知らなくても、包丁の使い方や注意事項は分かるとかそんな話だよな。たぶん。
「アンタたち、そろそろダイオークスに着くわよ!」
「おう分かった!ハル!見てみろ!」
と、ここでガーベジさんの声がかかり、ダスパさんに運転席の窓の先を見るように俺は促される。
「!?」
「アレが俺たちの拠点……」
そして俺は目の前の光景に圧倒された。
そう。霧の向こうに……
「ダイオークスだ!」
天まで届くような巨大な影が見えてきたのだ。