第78話「ショッピングモール-5」
結論から言おう。
女性用下着売り場の居心地は最悪でした。
ふふ、ふふふふふ、だってさ……。
「うわぁ……凄く派手……」
「でも、男にとっては魅力的なんだろうね……」
右を向けば、薔薇をモチーフにした装飾が付いた黒い下着を片手にトトリとワンスの二人が話し合っている姿が見える。
「え!?あの、これって……」
「これだと丸見えだねー」
左を向けば、ミスリさんとセブの二人が着けても隠すべきところが隠れてない殆ど紐だけの物体を眺めている。
「うーん……どちらがより好みなのでしょうか……」
前を向けば、ナイチェルさんが両手に持った上下でワンセットの下着と、周囲を窺う俺の視線を交互に見ている。
「時間は……ボソッ(おい、ハルハノイ。まさか貴様、ミスリがその下着だけを身に着けている姿を想像しているんじゃないだろうな。だとしたら実にけしからん。ミスリの下着姿を見ていいのは私だけだ。貴様が見るなど百万年早いわ。と言うか……)」
唯一の救いは、今も手元の時計を見ながら周囲の警戒を続けてくれているシーザさんの存在……でもないか、いつの間にか俺の背中に突き刺さるシーザさんの視線が何だか非難めいた感じになっているし。
とりあえず、高速かつ小さな声で紡がれている呪詛のような呟きから察するに、シーザさんがミスリさんの事を溺愛するシスコンに似た何かだと言う事は理解した。理解させられた。
まあ、俺の耳にしか聞こえてないんだし、公私混同ではないと思っておこう。そうしておこう。
ふふ、ふふふふふ。早くこの時間が終わると良いなー。
とりあえず、17番塔の人たちが手を打ってくれたのか、俺たちの周囲に本物の客が殆ど居ないのが幸いだった。
ん?見分け方?なんか俺の事を見る他の客の目が不審者を見るものじゃなくて、俺の事を哀れむような視線だったので、懐に武器も仕込んだ私服警備員だと気づけただけですとも。ええ。
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「お買い上げありがとうございました」
やがて、俺たちは各員それぞれに数セット分の下着を購入し、配送と料金の支払いに関する手続きも終えた所で女性用下着の売り場から外に出ようとする。
その時だった。
「さて次は……」
「っつ!?」
「「!?」」
俺たちから見て左手側の通路から、最初に感じたのに比べればだいぶ温い殺気が発せられると同時に何かが飛んでくる。
飛んで来た何かは鉄パイプに金槌、酒瓶などといった、所持しているだけならば罪にも何にも問われない、けれどこうして勢いを付けた状態で人に投げつければ十分な殺傷能力を有する凶器だった。
「【堅牢なる左】!」
だが所詮は一方向からの攻撃。
俺は【堅牢なる左】を発動すると、発生した透明な左腕をトトリたち全員を庇うように展開する。
と同時に、視界の端ではナイチェルさんが警報装置のボタンを押す。
これで、直ぐに制服を着た警備員たちも駆けつける事になるだろう。
「取り押さえろ!」
「「ぐっ!?」」
【堅牢なる左】に投げつけられた物が次々に当たっていく。
が、感覚としては無数にある鱗の内の一枚にヒビ一つ入れる事すら出来ていないようで、【堅牢なる左】に当たった物は次々に跳ね返されて、そのまま地面に転がっていく。
そして、その間に俺たちに向けて物を投げつけた男たちはナイチェルさんが呼び寄せた警備員たちによって抵抗する間も与えられず、次々に取り押さえられていく。
「「うおおおおっ!」」
「新手か!ワンス!」
「分かってるよ!ハル!」
「姉さん……」
「ただの雑魚だ。心配するな」
と、ここで反対側からその手にナイフを持った男と、スパナを持った男が俺たちの方に向かってそれぞれの得物を振りかぶりながら突っ込んでくる。
それに対して、こちらからはワンスとシーザさんの二人が懐から警棒を取り出しながら突っ込んでいく。
「そこを退け!我らは聖戦の戦士ぞ!」
「愚物が我々の邪魔をするな!」
男たちの目に浮かぶのは侮りの感情。
恐らくはワンスたちが女の上に、得物が警棒で有った為だろう。
「ど……」
「ふんっ!」
「がねばっ!?」
ワンスの警棒が振るわれ、男の持ったスパナが一瞬で弾き飛ばされる。
そして、男がその事に驚く前にワンスの左拳が男の腹に突き刺さり、男の身体はくの字に折れ曲がると同時に、僅かにではあるが宙に浮く。
「し……」
「ミスリに汚い言葉を聞かせるな」
「ねじゃばばばばば!?」
と同時に、シーザさんの警棒が幾度も振られる。
すると一撃目で男のナイフが吹き飛ばされ、二撃目で側頭部を強打され、三撃目で顎を打たれ、そこから先は男に呼吸する暇も与えず、男が完全に気絶するまで怒涛の連撃が叩き込まれ続ける。
「まあ、こうなるわな」
とりあえずワンスとシーザさんを侮った今の二人に言いたい。
純粋な格闘戦能力だったら、その二人は俺よりも遥かに上ですよ。
最初の投擲で俺たちに虚を作れなかった時点で、もっと数を多くするか、お前らにサルモさん並の実力が無ければ詰みですとも。
「トトリ、抑えておけ!」
「トトリ。頼むよ!」
「は、はい!」
と、ワンスとシーザさんがトトリの方に気絶した男二人を投げ飛ばし、トトリは指先に金属が付いた手袋で男二人の首根っこを押さえる。
すると、男たち二人の身体が一度ビクリと動いた後に、トトリの能力によって四肢の筋肉が弛緩させられたのか、今まで以上にだらりと力なく伸ばされる。
「さて、これでお終い……」
「ハル様!上です!」
「別の方向からも来るよ!」
これで俺たちに対する襲撃は終わり。
誰もがそう思った時だった。
ミスリさんとセブの叫びが響き渡ると同時に、二方向から何かしらの物体が空気を切り裂きながら俺たちに向かって迫ってくるのを俺の耳が捉える。
「っつ!?」
それは既に火の付いている火炎瓶と、何かしらの液体が入った瓶だった。
「此処までやる馬鹿だと!?」
『感情値の閾値突破を確認しました。プログラム・ハルハノイOSを起動します』
シーザさんの声が響く。
液体の正体は状況から考えて、まず間違いなくガソリンや油のように燃料にも成り得る液体であり、場合によっては瘴液化もされているかもしれなかった。
「ちぃ!全員アタシたちの方に……!」
『体内と周辺の魔力、物質、状況を走査します。状況把握。魔力は十全、物質は欠乏。低出力モードにて起動をします』
ワンスの声も響く。
逃げろと言うが、このままあの火炎瓶たちが落ち、火の手が上がれば、ダイオークスと言う閉鎖された環境もあって、どういう対策があっても大惨事になる可能性は否定できないだろう。
「ハル君!逃げるよ!」
『プログラム【堅牢なる左】Ver.Lの起動準備完了』
トトリの声が聞こえる。
だがしかし、俺の【堅牢なる左】では、一方向から来る火炎瓶と燃料を抑え込む事しか出来ず、もう一方から来る火炎瓶と燃料まで抑える事は出来ない。
「ハル様!」
「逃げるよ!」
「逃げてください!」
『プログラム【苛烈なる右】Ver.Lの起動準備完了』
ミスリさんたちの声と駆けだす音も聞こえてくる。
俺もミスリさんたちに合わせて、本来ならば逃げるべきなのだろう。
だがここで逃げれば、俺たちに襲い掛かってきたこいつ等は間違いなく喜び、笑うだろう。
それは面白くない。
あのスピーカーの声の主を喜ばせるほどではないにしても、間違いなくムカつく事だ。
「誰がこんな事をしたのかは知らないが……」
『【堅牢なる左】、【苛烈なる右】起動』
故に、俺はこの状況を制し、今日の買い物を台無しにしてくれた連中に一泡吹かせてやらなければならない。
そして、そのために必要なのは【堅牢なる左】に匹敵する力を持つもう一本の腕。
「全部まとめてぶっ潰す!!」
だから俺は宙を舞う火炎瓶たちに向かって両手を伸ばし……両腕を覆うように伸び、膨らんだ目に見えない何かでもって火炎瓶も燃料も掴み取り……僅かな火の粉を漏らす事も許さずに握り潰した。
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