第77話「ショッピングモール-4」
「この辺りが衣料品のエリアになります」
俺たちは不自然でない程度に周囲を警戒しつつ、ナイチェルさんの案内で衣料品のエリアに移動する。
さて、衣料品のエリアだが、俺たちが今居るエリアには男女両方の一般的な衣料品が陳列されており、近くに在る専門店の数もだいぶ多そうだった。
早い話が、数も色も種類も、先程まで居た家具エリアと比べて随分と豊富と言う事である。
まあ、衣食住の中で言えば、衣服ってのは食の次に優先される傾向に有るものだしな。
品ぞろえが豊富なのも当然のことなのかもしれない。
と言っても、合成繊維のような物や、人工の染料を使用したような物はやはり殆ど無さそうだったが。
「で、何処でどういう物を買うんだ?」
俺は周囲の品物を一通り眺めた所で、トトリたちにどんなものを買うかを聞く。
俺自身の服については……まあ、また今度、一人で買いに来ればいいしな。ここはトトリたち優先だ。
「うーん、状況を考えると、ゆっくり楽しみながら買い物ってわけにも行かないんだよね……」
「どう考えてもアタシたちは餌だしね。となると、試着もやらない方が良いだろうね。試着中に襲われたら、目も当てられないよ」
「その……、それ以前に、一時的にでも、一人きりになると言うのは拙いと思います」
「そうなると、試着室に入る必要のない物……帽子やアクセサリと言った物が良さそうですね」
「唯一の救いは今日の買い物が任務扱いになったから、詫びも含めて買った物を経費で落とせることになった事ぐらいか」
「うーん……」
トトリたちは明らかに何を買いに行くかで悩んでいた。
ただ、その悩み方は本来あるべき悩み方とは全く違う方向性で深まっていた。
何と言うか、きっと本来ならワイワイガヤガヤと、どれが良いかとか、今の流行は何だとか、そう言う事を話しながら、みんなで楽しく買い物をしたかったんだろうなぁ……と、俺は思う。
まったく、何処の誰かは知らないが、本当に面倒な真似をしてくれたものである。
もし本当に仕掛けてきたら、全力……いや、死なない程度にぶちのめしてやる。
「ううーん……」
「セブ様。どうされましたか?」
と、トトリたちが話し合いを続ける中、セブは一言も発さずに普段の明るい雰囲気とはかけ離れた形で一人で唸り続けている事を心配してか、ナイチェルさんがセブに声を掛ける。
すると、ナイチェルさんの行動に意を決したのか、セブが口を開き……、
「いやね。僕としては折角ハル様が間違いなく一緒に居るんだし、いっそのこと、勝負下着を見に行くのもいいかなぁ……と、ちょっと思ってみたんだけど」
「「「!?」」」
爆弾を投下した。
「ちょっ、セブ!?」
「セブ!アンタ一体何を言って……」
その爆弾に俺とワンスは慌て、思わずセブに詰め寄る。
と言うか、男の身分で女性ものの下着……それも勝負下着と言われるような物が売られているエリアに入るなんて、気まずいにも程が有るんですけど!?
おまけに補佐役と言う身分で、勝負下着って、それどう考えても俺に見せる用だよな!?なのに、俺の眼前でそれを買うって、どんな羞恥プレイだよ!?
「勝負下着……」
「ボソッ……(ハル様に見せる物と言う事ですよね……)」
「勝負下着ですか」
トトリ、ミスリさん、ナイチェルさんの三人は何かを真剣な表情で考え込み始める。
いや、と言うかこの状況で悩んでほしくないんですけど!?
そもそも、いつ何者かに襲われるかも分からない状況なんですけど!?
「はっ!?まさか、ハルに自分の勝負下着を選ばせるつもりなのかい!?」
「え?別にハル様に選んでもらおうだなんて思ってないよ。でもほら、ごにょごにょ……(ハル様の視線とか仕草で、どういうのが好みなのかは分かるかもね)」
「!?」
詰め寄って来たワンスにセブが俺に聞こえないようにするためなのか、耳打ちをする。
すると、セブの話を聞いたワンスは一度顔を赤らめた後……真剣な顔で悩み始める。
あ、これ、味方がまた一人減ったな。
後、セブ。そのぐらいの声量なら、俺には十分聞こえてるからな。
教えてないから、聞こえているとは思ってないだろうけど。
「シーザさん!シーザさんからも皆に何かを……」
「…………」
いずれにしても、後、俺の味方に成り得るのはシーザさんだけである。
こういう状況で、任務を最優先するはずのシーザさんなら、みんなを現実に引き戻してくれるはずである。
と言うわけで、俺はシーザさんの方を向く。
すると、シーザさんについては他の五人とはまた違う方向性で悩んでいるようだった。
よし!これなら……
「いいだろう。セブ。お前の案を採用しよう」
「シーザさん!?」
が、俺の希望はあっけなく打ち砕かれた。
「言っておくが、理論的に考えた結果だ」
「理論的って……」
俺の言動に、俺の事を手で制しながらシーザさんが説明を始めてくれる。
「考えても見ろ。何処の何奴が何をしようとしているのか、全く分からない状況ではあるが、勝負し……ゴホン。女性用下着の売り場と言う、訪れる人間の種類が限定されやすい場所ならば、不審な動きをする人間はより不審な動きになるはずだし、男に限ればよほど豪胆な人間でもなければ、入る事を一瞬でも躊躇う場所だ。これは相手が集団で、かつ状況が一刻を争う物になればなるほどにこちらの利として働く事だ」
「それは……」
確かにそうかもしれない。
そうかもしれないが……俺も男なんですけど!?
「加えて言うなら、高品質の下着と言うのは総じて高価な物だからな。経費で落とせる今の内に買っておくと言うのは十分にありだろう。でなければ、休日に、不十分な装備で命の危険に晒されると言う現状にはとてもではないが釣り合わない」
「姉さん流石です!」
「シーザさんありがとうございます!」
「シーザ隊長さいこー!」
「決定ですね」
「あ、ああ。隊長の決定なら従わないとね」
「…………」
そうして、俺の抵抗もむなしく、俺たちは女性用下着の売り場へと向かう事になるのであった。
ふ、ふふ、ふふふふふ……本当に敵が来たら絶対にこの両手でぶちのめしてやる。
絶対にだ。
05/08誤字訂正