第73話「異端者-1」
ダイオークス某所、余人には決して知られないように隠されたその場所に十数人分の人影が集まっていた。
人影の中でもとりわけ目立つのは、壇のような物の上に立った壮齢の男と、壇の下に集まった人影の中でも代表格であろう細身の男の二人。
「では、報告を聞かせてもらおうか」
「分かりました」
壮齢の男の言葉を受けて、恭しく細身の男が頭を一度下げてから口を開く。
「では……」
細身の男の口から発せられた報告は、ダイオークス26番塔外勤第32小隊の動向について。
つまりはハルたちがこの五日間何をしていたのか、公私に渡って調べた結果だった。
勿論、情報の精度や確度は26番塔塔長の元にもたらされていた情報に比べれば、明確に数段劣るものではある。
が、それでも塔長会議に提出されるのと同程度には正確な報告ではあり、26番塔と関わりが薄い彼らの身でこれだけの情報を集められたと言う事は、それだけ彼らの情報収集能力が優れている事を示す証拠だった。
「以上が報告となります」
「なるほどな……」
やがて細身の男の報告が終わり、細身の男は一歩引いただけで集団の中に自らを埋没させる。
対して壇上の男は、細身の男の報告に眉根を寄せ、不快感を露わにしていた。
「つまりこういう事か。奴らが26番塔の中に居る限りは、お前らでは手を出す事は出来ない。と」
「申し訳ありませんが、そう言う事になります」
「と言うのも、目標の周囲には常に狂犬か鎧通しが付いて居る上に、目標自身の能力の問題もあります」
「加えて、親交が有る関係で蛇、犬、鬼などが周囲に居る事もあります」
「なにより26番塔内部は塔長の監視の目が厳しく、爆発物や銃器どころか、刃物すら持ち込むのが難しいぐらいでございます」
「ちっ……オルク・コンダクトめ……相変わらずの能力だな」
壇上の男は目の前の集団から返ってくる言葉に、26番塔塔長に対する恨みつらみを込めた言葉を吐き捨てる。
「となると、奴らの家や、装備の類に何か仕掛けを施すのも難しいのか?」
「家の方は無理です。我々と26番塔以外にも、多くの組織が人員を寄越しているようで、家の監視と同時に、お互いに何かしないかを監視し合う状態になっています」
「装備についても難しいです。26番塔では装備の整備や保管に関わる人間を限定する事によって、塔外の者を潜り込めないようにしていますので」
「目標の装備を担当している女とその家族にしても、常に人の目が有る場所を歩くように心がけているようで、一切の隙が有りませんでした」
「ぐぬぬぬぬ……何か手は……手は無いのか……」
「「「…………」」」
集団から返ってくる言葉に、壇上の男の顔はさらに険しくなる。
その表情に集団の方からは怯えるような感情が漏れ出てくるが、その事は壇上の男にとっては更に感情を波立たせる要因でしかなかった。
「何を怯えているか!ええい!!貴様等それでも誇りある聖陽教会の信徒か!!」
「「「っつ!?」」」
そして遂に壇上の男は集団の怯えに痺れを切らし、怒りの感情を露わにしながら目の前の壇を両手で力強く叩く。
その行動に集団の怯えの色はさらに強まるが、壇上の男はその事には気付かずに雄弁を振るい始める。
「いいか!あの『禍星の仔』は有ろうことか、我らが怨敵であるミアズマントが動力とする瘴気を取り込み、己が力とする化け物なのだぞ!おまけに塔長会議はそのような化け物の種を、ダイオークス中に広めようとしているのだぞ!」
「「「!」」」
「これを放置してみろ!今は大人しくしているが、いざ本性を露わにし、暴れ出せば、ダイオークス全体にとっての害となり、いずれは我々人類全体があの化け物の血に汚され、人と言う種が滅びることになるのかもしれないのだぞ!」
「「「!?」」」
「さて、誇り高き聖陽教会の信徒諸君。私が言いたい事は分かるな……」
「「「分かっております。司祭様」」」
壇上の男の演説が終わった時。
今まで怯えの感情を露わにしていた集団からは一切の怯えも、迷いも、躊躇いも、感情と意思の一切が抜け落ち、その瞳は鈍く昏い輝きを放ち出していた。
そんな集団の状態を一言で表すのならば『狂信』もしくは『洗脳』と言ったところだろうか。
いずれにしても、正常な者が見れば、彼らが異常な精神状態にある事は明らかだっただろう。
「よろしい。ならば行動を……」
「司祭様。緊急の報告でございます」
「なんだ?」
そして、集団が動き始めようとした時だった。
壇の下の集団とはまた別の方向から、一人の男が現れると、その手に持った一枚の紙を壇上の男に渡す。
「ほう。これはこれは……」
渡された紙の内容を見た壇上の男は実に嬉しそうな笑みを浮かべる。
その紙に書かれてあったのは、今日から二日間あるハルたちの休日にハルたちが何をする気なのかについて。
つまるところは予定表だった。
「諸君。機運は我らに向いている」
そして、その予定表にはこう書かれてあった。
「さあ、化け物狩りの時間だ!」
「「「承りました。司祭様!」」」
今日一日の間、17番塔第51層ショッピングモールにて26番塔外勤第32小隊は買い物をする。と。
そして彼らは自分たちの胸に提げられている太陽を模した首飾りに一度祈りを捧げると、迅速に動き出した。