第72話「中央塔大学-4」
「まずは、このUSBメモリーの中に何が入っていたかについて説明しておこうかの」
トゥリエ教授の操作によってモニターの映像が動き出し、USBメモリーの絵から一つのファイルが出てくる。
と言うか、今気づいたんだが、出てきたファイルや今までモニターに映し出された諸々の絵に比べると、USBメモリーの絵だけ妙に解像度が悪いような……うーん?
「中に入っていたのは『Halhanoy2.txt』と言うテキストファイル一つだけで、他には何も入っていなかった。これはダイオークス中央大学に居るその道の専門家全員が確かめた事じゃから、まず間違いないと思ってもらってよいぞ」
ファイルの名称はトゥリエ教授の言うとおり、『Halhanoy2.txt』と言う、以前俺がニースさんのノートパソコンを借りて読んだ『Halhanoy.txt』の続きである事を示すような名称だった。
で、そうなるとだ。
もしかしなくても、読んだ後には何処にも痕跡を残さずに綺麗さっぱり無くなるような仕掛けがまた施されているのか?いや、それなら既に解析をした人が全部読んでいるだろうから、もう消えてなくなっていないとおかしいか。
「『Halhanoy2.txt』の内容としては、無数のアルファベットと数字、記号を羅列したものであり、意味のある文章の体を成しておらんかった」
「暗号と言う事でやんすか」
「そうじゃ、それも解き方はおろか、どう言う答えが出てくれば正解なのかも分からない様な、最も厄介な種類に属するような暗号じゃ」
トゥリエ教授はライさんの言葉に腕を組み、大げさとも言える大きさで首を振る。
しかし、解き方どころか、どれが答えなのかも分からない暗号か……そんなの予め正解に繋がる鍵を知らなければ、後は総当たりぐらいしか方法が無さそうだな。
「じゃが、実を言うと問題は此処からでの」
「?」
暗号以上の問題?
俺たちがその事に疑問を抱く中でトゥリエ教授がモニターの映像を切り替え、何かの表やグラフのようなものを映し出す。
グラフに書かれているのは……忘却、強制睡眠、フリーズ、故障?
いったい何の事だ?
「この図はこのUSBメモリーを調査していた人間や機械に起きた不可解な現象のまとめじゃ」
「不可解な現象……ですか」
「一体どういう事だい?」
「いやな、俄かには信じがたい事じゃが、このUSBメモリーの本体または『Halhanoy2.txt』の中身には、調べようとしていた人間や機械に対して何かしらの手段でもって干渉し、人間ならば調べることを忘れさせたり、眠らせたりと言った方法で、パソコンならば強制フリーズや場合によってはオーバーヒートから物理的にクラッシュさせたりと言った方法で排除する機能が有るようなんじゃ」
「何ですかそれ……」
「まさかのオカルトやファンタジーに話が突入したっすね。ダイオークス中央塔大学の教授がそれでいいんすか?」
トゥリエ教授の言葉に俺たちは揃って苦笑する他無かった。
ただ、俺とニースさん、ワンスとライさんでは苦笑の意味は違うだろう。
なにせワンスとライさんの二人とは違って、俺とニースさんはその現象に似た何かに心当たりが有るのだから。
「何とでも言うが良いのじゃ。事実は事実として受け止める他なく、それが既存の知識に反するもの、認識されていなかったものであれば、どうしてそうなっているのかを確かめるのが正しき学究の徒と言うものなのじゃ。吾輩も実際に中身を見ていたら、いつの間にか眠らされておったしの」
「まあ、そもそもダイオークス中央塔大学の教授たちと言えども、未だにこの世の全てを解き明かした訳ではありませんから、例のUSBメモリーに未知の何かが働いていると考えれば、こういう現象が起きてもおかしくは無いと言うわけですか」
ライさんの言葉にニースさんの援護射撃も受けつつ、トゥリエ教授が言葉を返す。
まあ実際問題として、確かな現象としてそれが起きてしまっているのなら、見なかった事にするか、素直に認めて調べるしかないよなぁ……。
とりあえずダイオークス中央塔大学の教授さんたちは後者の側みたいだけど。
「と、話が逸れたの。まあ、そう言うわけでじゃ。ダイオークス中央塔大学はこの事案について大学全体で総力を結集して調べることになっての。その一環として、このテキストファイルを読むべきだと思われる人間……つまりハル・ハノイに読ませてみることにしてみたのじゃ」
「え!?」
「はあ?」
が、その直後に発せられたトゥリエ教授の言葉は俺にとっては予想外の物だった。
俺に読ませる?そんな危険なファイルを?
ああいや、でも、俺は既に『Halhanoy.txt』を読んだことが有るし、それなら俺が読んでも……って、そもそも俺がそのファイルを読んだことをトゥリエ教授たちが知っているのはおかしくないか?
「あの、トゥリエ教授」
「なんじゃ?」
俺は意を決して、トゥリエ教授に話し始める。
以前『Halhanoy.txt』を俺が読んだことが有る事を、その事をニースさんたちが忘れ、痕跡も綺麗に消されていた事を。
そして、どうして俺に『Halhanoy2.txt』を読ませようとしたのかについての理由を尋ねる。
「ふうむ。読ませようとした理由は単純にお主の名前がファイルに使われているのと、このUSBメモリーの発見にお主が持っていた短剣が必要だったことからだったんじゃが……もしかしたらUSBメモリーにお主にファイルを読ませるよう思考を誘導する作用も有ったのかもしれんの……ちょっと待っておれ。今すぐに対策を講じるのじゃ」
俺の話を聞き終わったトゥリエ教授はすぐさま動き出し、何処かに電話をかけ始める。
「よし、準備完了なのじゃ。テキストファイルを何重にもコピーして、外部のネットワークから完全に隔絶された場所も含めた複数の場所に保管したし、紙媒体のコピーも幾らか用意したのじゃ。これでそう易々とお主が見終わった後にデータを無かった事にされることは無いはずじゃ」
「えーと……ありがとうございます?」
そして、一時間ほど待たされたところで全ての準備が整ったと言い、鼻息を荒くしながら仁王立ちをする。
「例には及ばん。これも一種の実験じゃからな。ふふふふふ、未知の現象を自身の手で観測できるかもしれないとは、研究者冥利に尽きるのじゃ」
「ははははは……」
「ハル。付き合えるだけアタシも付き合うよ」
「私も出来るだけ付き合いますよ」
「途中でハル以外は全員寝るか居なくなっているかのどっちかだと思うでやんすがねー」
どうやら、どうあっても俺は『Halhanoy2.txt』を読まなければならないらしい。
トゥリエ教授の姿に俺も、ワンスも、ニースさんとライさんもその事を悟り……俺は用意されたパソコンで『Halhanoy2.txt』を読み始める事となった。
『プログラム・ハルハノイOSのアップデートを完了しました。事前規定手順に従って、以後の各種処理を行います……処理、完了しました。一度シャットダウンした後に、適応を致します……』
結局、その日はトゥリエ教授のオフィスで一晩を明かす事となった。
ああ、明日はトトリたちと朝から買い物に行く予定だったんだがな……。