第70話「中央塔大学-2」
「入っていいぞ」
「ん?」
部屋の中から返ってきたのは、教授と言う役職からは想像しがたい少女の声だった。
その事に俺、ワンス、ライさんの三人は訝しむが、ニースさんは気にした様子も無くドアノブを回す。
「久しぶりですね。トゥリエ」
親しげな声を発しながらニースさんが部屋の中に入ると、俺たちの視界にも部屋の主であるトゥリエ教授の姿が見えてくる。
「お主も元気そうだな。ニース」
トゥリエ教授の髪色は深緑色で、瞳は碧眼。
衣服についてはラフな服装の上から研究者らしい白衣を身に着けていた。
だが、それ以上に俺たちの目を惹いたのは、ダイオークスではまず見かけない褐色色の肌に、額から突き出ている先が丸まった白い角。
そして、彼女がどう見てもこの場に居る誰よりも幼く見えるような容姿である事だった。
と言うか……
「碧眼、褐色、角、ロリの教授って属性多過ぎんだろ……」
俺の目にはどう見ても属性過多の幼女にしか見えなかった。
「なにを言っておるんじゃ?こやつは」
「彼が例の異世界人ですよ。トゥリエ」
「なるほど。では、吾輩に関することで、何か触れるものが有ったのじゃな。そう言う事なら、とりあえず全員中に入るといい。話はそれからじゃ」
「しかも、吾輩にじゃ口調……」
「……」
「それじゃあ、お邪魔するっすよ」
何と言うか、ライさん含めてこの場だけ集まっている人が異常に濃い気がする。
それこそワンスが閉口し、幾らか影が薄くなる程度には。
まあ、部屋の中に入らないと何も進まないので、素直に入るけど。
「さて、まずは自己紹介じゃが、吾輩の名はトゥリエ・ブレイカン。ここダイオークス中央塔大学で好瘴気性疑似生物ことミアズマントの研究を専門分野として行っている者じゃ」
「ちなみに私の高校時代の同級生でもあります」
「そう……なんですか」
で、俺たち全員が多数の書類や論文などが置かれた部屋の中に入り、適当な席に着いたところでトゥリエ教授の自己紹介が始まる。
それにしてもニースさんの同級生と言う事は歳も同じのはず。
なのに教授職に就いていると言う事は……凄く頭が良い、所謂天才分類に入る人なんだろうな。
まず間違いなく。
「いやー、あの頃は楽しかったのう。『暴露屋』」
「その黒幕が何を言っているんですか……」
トゥリエ教授はとても楽しそうに言葉を紡ぐが、ニースさんはそれに対して死んだ魚のような目で返している。
ああうん。なるほど。ちょっとさっきの言葉を訂正。
天才は天才でも、天災と言った方が正しい方の人だ。たぶん。
トゥリエ教授が紡いでいる言葉の内容にしても、どこそこの教授の不正を暴いて失脚させたとか、いじめっ子の実態を暴いて退学させてやったとか、かなり危うい内容を含んでいる感じもするし。
とりあえず、高校時代のニースさんは凄く大変だったんだろうなぁ……。
黒幕と言う言い方からして、矢面に立たされたのは多分ニースさんなんだろうし。
「こほん。それで、今日あっしらを呼んだ理由は何でやんすか?」
「ん?ああそうだったそうだった。ニースの顔を見たら懐かしくなって、つい昔話に話を咲かせてしまったわ」
と、ニースさんの纏う雰囲気が死んだ魚を通り越して腐乱死体のような感じになりかけていたのを感じ取ってか、ライさんが本題を切り出すように促す。
「今回、お主らを呼び出したのは、先日26番塔がお主らを使って行った任務の件についてじゃ」
トゥリエ教授はそう言うと、手元の機器を操って部屋を暗くし、壁に掛けられたスクリーンに映像を投影し始める。
「まず、お主らがあの任務で持ち帰って来た物の中で、特筆すべき物は五つある」
スクリーンに投影されたのは、俺たちがあの任務で見つけて持ち帰って来た物。
つまりは紋様付きの釘、イヴ・リブラ博士著作の論文、クジラの装飾付きの短剣、USBメモリー、そして熊級ミアズマント・タイプ:ディール特異個体の角だった。
「で、これらの物について、一先ずの調査……まあ、さわりの部分だけじゃが、幾らか分かった事と、分かったが故に新たに生じた疑問がある為に今回はお主らを呼んだのじゃ」
「分かった事と……」
「新たな疑問って何だい?」
「まあ、一つ一つ説明をしておこうかの。ああ、先に言っておくが、吾輩が直接調べたのはミアズマントの角だけで、後はそれぞれの担当の連中が独自に調べた結果を吾輩に押し付けてきただけじゃからな。まったく、お主らに説明している暇が有るなら自分の研究をしたいと吾輩に押し付けおってからに……」
「トゥリエ」
「ん?ああ、すまん。すまん。説明じゃったな」
何だかトゥリエ教授の愚痴に流れて行きそうだった所をニースさんが止める。
それにしても一週間足らずでもう分かった事が有ると言うのは凄いな……まあ、今日の説明は事情聴取も一部兼ねているようだけど。
「では、説明を始めるが、質問については後でまとめて受けるから、それまで待つように」
そして、トゥリエ教授による説明が始まった。
なお、トゥリエ教授の角は触覚系の各種センサーが集まっております。