第7話「キャリアー-2」
「さてと、それじゃあハル。お前がどうしてあんなところに居たのか教えてもらっていいのか?」
「あ、はい」
運転席に続くドアは開かれたまま、ダスパさんが俺に対して質問をしてくる。
が、俺としてはどう答えればいいのか分からない。
異世界から飛ばされて来たなんて言っても信じてもらえるか分からないと言うか、証明のしようも無いし。
ただそれでも俺は少し迷ってから、自分の身に起きた事を素直に話す事にした。
例え変に思われたとしても、今は少しでも情報が欲しい状況だし。
そして一通りの話が終わったところで……、
「うーむ……」
「ふむ……」
「あー……」
「えーと?」
ダスパさんたち三人は悩ましげな声を上げながら、小さく唸り声を上げた。
「異世界かぁ……いやまあ、あのドクターが珍しいだなんて言うほどのものなんだから、それぐらいは有り得るのかもしれないが……」
「俺たちが信じる信じないは別として、客観的な証拠は出しようがないよなぁ……」
「そうですよね……異世界だなんて実際に行った事のある人間以外には証明のしようが無いですし」
「まあ、そうですよね……」
そして発せられたそれぞれの感想に俺は思わずため息を吐く。
まあ、証明のしようが無いってのは俺自身でも分かっていた事だしなぁ……このキャンピングカーの内装やダスパさんたちの服装から察するに、文明の発展度合で比較するような真似もたぶん出来ないだろうし。
「ああでも、傍証程度でいいのなら手が無い事も無いかと」
「ん?そうなのか?ニース」
「ええ。上手くいく保証は有りませんが」
そう言うとニースさんは俺に右腕を出すように言い、俺もそれに従って右腕を前に出す。
そして、ニースさんは俺の右手首を握って脈を測り始めると同時に、俺の顔をじっと見つめ始める。
どうでもいいがニースさんの指にはペンだこみたいなものが有るんだな。今気づいた。
「ではハル君。今から君に幾つかの単語を言いますので、その意味について答えてみてください。分からないと言えば分からないと言って構いませんので。後、聞きたいことが有っても質問が全て終わるまで待ってください」
「分かりました」
うーん、まあ、とりあえずは素直に答えるしかないかな。
嘘を吐いても無駄と言うかマイナスにしかならないだろうし。
「『ホモ・サピエンス』」
「俺たち人間の学名ですね」
「『瘴気』」
「えーと、身体に悪い気体?そう言うイメージしかないです。実際に見たり聞いたりはした事ありません」
「『コンクリート』」
「鉄筋も組み合わせて、ビルとかの建築に使われる奴です」
「『ミアズマント』」
「分からないです。ダスパさんたちが言っているのを聞いた覚えは有りますけど」
「『三角形の内角の和』」
「180°ですね」
「『クラレント』」
「分からないです」
「『イヴ・リブラ』」
「分からないです」
「『ダイオークス』」
「詳しくは分からないですけど、さっきのダスパさんの名乗りから察するに、場所か組織の名前ですよね」
「『H2O』」
「水ですよね。水素原子二つに酸素原子一つ」
「『禍星の仔』」
「分からないです」
「ふぅ……以上です。ご苦労様でした」
「あ、はい」
「「…………」」
ニースさんの手が俺の手首から離れ、ニースさんは天井の方を向いて一息吐く。
その間に俺はダスパさんたちの方を見るが、ダスパさんもコルチさんも口を大きく開けて呆然としていた。
そんなに俺の質問の答えがおかしかったと言う事なのだろうか?
「なるほどな……ハルが嘘を吐いていない前提になるが、こりゃあ確かに異世界人だ」
「だな。俺たちとはまるで別だ」
「えーと?」
どうやら俺の答えは相当おかしいらしい。
二人の目が如実にそれを語っている。
「そうですね。拠点に着くまでの間に、教えられるだけ今の質問の意味を教えておきましょうか。でないとハル君も納得できないでしょうし」
「お願いします」
ただ、どうしてそんな目をされることになったのか分からないので、ニースさんに視線を向け直したところ、俺の視線から意図を察してくれたのか、ニースさんが話を始めてくれる。
「簡単に言ってしまえば、今の質問はハル君の知識と常識がどの程度の物なのかを確かめると同時に、どれぐらいハル君の世界と私たちの世界が離れているのかを調べる質問だったんです。ああ、嘘については一応目線と脈の方で確かめていましたので、ハル君が嘘を吐いていない事は分かってますから安心してください」
「それは何となく分かってましたけど、結果は?」
「まず、答えられた質問の内容から、ハル君が十分な知識と常識を有している事と、ハル君の世界と我々の世界の間で科学や数学の分野についてはある程度共通している可能性……つまりはそう言う分野に関してはハル君の知識がこの世界でも有効である可能性が高い事は分かりました」
たぶん、コンクリートとかホモ・サピエンスあたりの話だな。
まあ、いずれにしても有り難い話だ。
元居た世界の知識がまるで役に立たないとなると、大変な事になるだろうし。
「そして、それだけの知識を有しているにもかかわらず、ハル君はこの世界の人間ならばほぼ間違いなく知っているはずの知識……それこそ四則演算と同レベルの知識を有していなかった。直接的な証拠にはなりませんが、これは十分ハル君が異世界人である事の証明になるでしょうね」
「えーと、要するに常識が無いと言うか、世間知らずって事ですか?」
「言い方を悪くすればそう言う事になります」
微妙に落ち込みたくもなるが……まあ、しょうがないな。
クラレントとかイヴ・リブラとか、聞いたことも無いような物は流石に答えられないし。
「えと、それじゃあ、あの十個の質問の答えって具体的にはどういう物だったんですか?」
「そうですね……ガーベジさん。ダイオークスまでは後どれぐらいで着きますか?」
「後一時間ってところね。話をする時間なら十分にあるわよ」
「ありがとうございます。ではハル君。最低限必要な知識として、私たちで教えられる範囲の事を君に教えておきましょう」
「だな。流石にこのままは拙い」
「了解……っと」
「じゃあ、よろしくお願いします」
そうして俺は、この世界で最低限知っておくべき事をニースさんたちに教えてもらう事になった。