第67話「第32小隊-7」
俺とシーザさんはそれぞれ模擬戦の開始位置に着くと、お互いに相手の姿を真正面から見据える。
「よしっ……」
俺の装備は模擬戦用の短剣に小手、後は念のために胸当てとヘルメットを付けている。
まあ、総合の試験の時とほぼ同じ装備だな。
あの時との違いは……【堅牢なる左】を自分の意思で使える様になっているか否かかな。
「さて、流石に瘴巨人相手にも使える能力を持っているお前に対して本気を出せだの、手加減はするななどと言う気はないが……」
対するシーザさんは手に細身の刃を持った剣……俗にレイピアと呼ばれるような剣を右手に、左手には手の甲より少し大きい程度の盾を持っているだけで、他には特に装備品を持っているようには見えなかった。
うーん、見た目から察する限りでは、シーザさんもニースさんと同じで、速さを生かすタイプかな。
「【堅牢なる左】無しでどうにか出来るとは思うなよ」
「…………」
シーザさんは意気揚々とした表情で、レイピアの先端を俺の顔に向けながらそう宣言した。
まあ、実際問題としてだ。
今の俺じゃあ、まだまだ訓練不足で、【堅牢なる左】無しではシーザさんどころかワンスにも勝てないのはほぼ確実である。
で、【堅牢なる左】が俺にとって重要かつ主力の能力なのも事実である。
と言うわけでだ。
笑みを浮かべて宣言したシーザさんには悪いが、俺としては誰かにわざわざ言われるまでも無く、最初から【堅牢なる左】を使う気は満々だったりする。
まあ、そもそもとして、今回の模擬戦はお互いの実力を見るのが目的だしな。
そうでなくとも、あの自信だ。
【堅牢なる左】に対して何かしらの対策ぐらいは講じて来ているだろう。
「じゃあ、審判はアタシが務めるよ」
「あ、じゃあ私が補佐役で」
審判はどうやらワンスとトトリの二人が務めるらしい。
なお、ルールについては先程のワンス対トトリの模擬戦と同じである。
「さて、お手並み拝見ですね」
「ワクワク」
「ボソッ……(姉さん大丈夫かな……)」
記録役の三人については……ナイチェルさんとセブが俺の方を正に観察するように見ていて、ミスリさんがシーザさんの事を心配そうに見ている感じか。
「ふふん」
「……」
で、当のシーザさんは何故か俺に見せつけるような笑みを浮かべている。
……。まさかとは思うがシーザさんって……いや、ただの俺の勘違いだろう。
きっとそうに違いない。
公私混同をするなと自分で言っていたシーザさんに限ってそんな事は有るまい。
うん。ないない。絶対にない。
「さ、そろそろ始めるぞ。ワンス!」
「はいはい。分かってるよ。それじゃあ、ハル対シーザの模擬戦……」
シーザさんの求めに応じる形でワンスがゆっくり片手を上げる。
「始め!」
「行くぞっ!」
「【堅牢なる左】!」
そして、ワンスが挙げた手を振り下ろすのと同時に模擬戦が始まり……
「べぶっ!?」
「あっ」
終わった。
「えっ……」
「ちょっ!?」
「…………」
「えー……」
「姉さん!?」
鼻から血を流しながらシーザさんがゆっくり床に向かってずり落ちていく。
そんな光景に訓練室内の空気は完全に凍りついていた。
いやだって、まさかねぇ……シーザさんてばあれだけの啖呵を切ったんですよ。
となれば何かしらの対抗策を持っていて、それなりの勝負が展開されると誰だって思いますよ。俺だって思いましたよ。
なのに……
「まさか、盾のように構えた【堅牢なる左】に顔面から全速力で突っ込むとは……」
実はシーザさんには何の対抗策も観測手段も無く、盾を構えるように動いた俺の左腕の動きだけで来てもいない【堅牢なる左】を避けたと勘違いし、全速力で見えない【堅牢なる左】に自分からぶつかるとは……。
「姉さん!」
「あっ!救急箱!」
「勝負ありと」
「やっぱり見えないって対人だと凶悪だね」
「なるほどこれが【堅牢なる左】ですか……」
「えーと……」
ミスリさんがセブから救急箱をぶんどってシーザさんに近づいていく。
その行動とワンスの決着がついたと言う言葉に俺は【堅牢なる左】を解除した。
「えーと、えーと……」
とりあえずここからミスリさんの行動を見る限りでは、シーザさんはただ気絶しているようである。
ああうん。サルモさん曰くコンクリートの壁並みに強度が有ると言う【堅牢なる左】に全速力で不意にぶつかって気絶で済んだなら、幸運だと思うわ。
当たり方によっては冗談とかじゃ済まない状態もあり得ただろうし。
「ハル」
「ハル君」
「ああうん、分かってる」
トトリとワンスの二人が俺の元に近づいてくる。
二人の言いたい事は直ぐに分かった。
だって、はっきりと目に書かれてあるし。
なので、二人に言われるまでも無く、自分から言ってしまおう。
「【堅牢なる左】を模擬戦で使うのは、相手に【堅牢なる左】が見えている場合だけにしておく」
「うん。それでいいよ」
「うん。その方が良いと思う」
【堅牢なる左】を模擬戦で使う時の条件を。
「ミスリー……」
「姉さんしっかりして!」
後、必死な様子で手当てをしているミスリさんには悪いが、シーザさんの口元がにやけているのは目に入らなかった事にしておこう。
「ちょっと不安だけどな」
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、何でも無い」
そんなこんなで、第32小隊正式発足一日目が終わった。