第66話「第32小隊-6」
「先手必勝!」
「ふんっ!」
シーザさんの始めと言う合図と同時にトトリが右手は短剣を振りかぶり、左手は大きく開いた状態でワンスの元に駆けて行く。
それに対してワンスはその場から動かずに、トトリの胴目がけて銛を突き出そうとする。
「っつ!?」
「ちっ!?」
ワンスの攻撃に反応してトトリは短剣の軌道を修正。
突き出されたワンスの銛を横から短剣で叩くことによって軌道を逸らし、自分の身体に触れる事を防ぐ。
「だったら……」
「拙っ!?」
ワンスは突き出した銛を素早く手元に戻すと、そこから突きと薙ぎを連続で繰り出す事によって、トトリがそれ以上近づけないようにすると共に、トトリの身体に銛を当てようとする。
それに対して、トトリはワンスの目論み通りに接近する事は止める。
が、代わりに短剣を小さく、細かく振るう事によってワンスの連撃を凌ぐ事に成功する。
どうやら、実力的にはワンスの方が明らかに上ではあるものの、銛も含めた長物の取り回しづらさと、短剣の取り回しやすさに加えて守る事に専念していたおかげで、トトリはどうにかワンスの攻撃を防げているようだった。
「へぇ、やるじゃないか」
「ふぅ……はぁ……」
そして、ワンスの連撃に切れ目が生じた所で、トトリは後ろに跳んでワンスの攻撃範囲から逃れると、二人とも一息を吐く。
ただ、その表情は対照的で、ワンスは余裕の笑みを浮かべているが、トトリは既に息が上がりかけている。
やはり、体力のような部分には今まで積み上げてきた経験と訓練の差がモロに出ているらしい。
「ただ、分かっているとは思うけど、アタシが持っている銛が訓練用のではなく、普段使っている銛だったなら、今の防ぎ方はアウトだよ」
「そんなの分かってます。たしか、銛の金属部分に強い衝撃が加わると電撃が発せられるんですよね。それも狼級ミアズマントに致命傷を与えられるレベルの電撃が」
「その通りだよ。で、やる気はまだあるんだよね」
「勿論です。まだ、決着がついたと言う宣言もされていませんしね」
二人は本来なら今の攻防で決着がついていたと言う話をしつつも、相手の動きを観察し、踏込による牽制もしながら、円を描くように白線の内側を回る。
二人が模擬戦を止めない理由は……うん。シーザさんがまだどちらに対しても一本を宣言していないからだろうな。
「じゃあ……」
「そろそろ……」
「行きますか!」
「行きます!」
ワンスとトトリがほぼ同時に踏み込む。
先制はリーチの差から当然ワンスだ。
ワンスは手に持った銛を真っ直ぐにトトリの胸に向かって突き出す。
それに対してトトリは短剣で防ぐのではなく、ギリギリまで銛を引き付けた所で身体を横に捻る事によって避ける。
そして、身体を捻った勢いそのままに、トトリは手袋を填めた左手をワンスの銛を持つ手に向けて伸ばす。
一見すれば何ともないようなその行動に対してワンスは……
「くっ!?」
「しまっ!?」
ワザと自分の体勢を崩し、床を転がるような動きでもってトトリの手を避ける。
と同時に、転がる動きを銛に伝えて横に薙ぐ事によってトトリの胴に銛を当てる事に成功する。
「そこまで!ワンスに一本だ」
そして、その光景にシーザさんは今の模擬戦がワンスの勝利で終わった事を告げた。
「はぁー……やっぱり負けたか……」
「ふぅ。危ない危ない。紙一重だったね」
模擬戦の終了と同時に、トトリは溜め息を吐き、ワンスはゆっくり立ち上がる。
その表情はやはり対照的な物で、トトリの顔には悔しさが見え、ワンスの顔には笑みを浮かんでいる。
「でもまあ、アタシがトトリの特異体質の詳細を知っていなければ勝敗は逆だったろうし、あそこで銛が当たらなくてもそうだったろうね」
「それ以前に実戦だったら最初の攻防でお終いなんですけどね」
「実戦だったらトトリはまず間違いなく瘴巨人に乗っていると思うけどね」
「まあ、それはそうなんですけど」
トトリとワンスはお互いに右手を差し出して握手をする。
俺はその光景に何時でも発動できるように待機させていた【堅牢なる左】を解除する。
どうやら、俺の心配は杞憂だったらしいな。
「ま、いずれにしてもそこら辺はお互いに後で反省会だね」
「そうだね」
お互いの健闘をたたえる様に笑顔になった二人がこちらに向かって歩いてくる。
さて、とりあえず気にしておくべき事としてはだ。
ワンスの言う通り、あそこで転がる勢いを利用して銛を当てる事に失敗していたら、勝敗は逆になっていたと言える程の隙をワンスは晒していたはずである。
にも関わらず、そこまでしてどうしてワンスはトトリの左手を避けようとしたのか。と言う点だろう。
まあ、簡単な話と言うか、どうにもトトリはその特異体質故に自分と相手の間に瘴巨人の指令系に使われている金属を挟めば、他にも条件は色々と有るものの、ミアズマントを含む大抵のものに干渉出来るらしい。
そして、この前の任務で判明したのだが、実は人間も干渉可能な対象の一つだったそうだ。
現にこの前の任務でも俺の身体に干渉して動きを止めているしな。
なお、後日分かった事だが、人間の場合だと干渉できるのは瘴金属が触れている部分近くの筋肉だけだそうで、精神などは完全に管轄外との事だった。
流石に精神干渉が出来るのは色んな面で危ないので、ちょっと安心である。
「さて、次は私たちの番だな」
「よろしくお願いします。シーザさん」
で、二人の模擬戦が終わったと言う事は当然、次は俺とシーザさんの番である。
さて、そもそもとしてシーザさんはどういう戦い方をするんだろうな?
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