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瘴海征くハルハノイ  作者: 栗木下
第1章【堅牢なる左】
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第59話「ナントー診療所-1」

 一方その頃、ダイオークス26番塔第51層に存在するナントー診療所の二階の居住区画。


「ふう……終わった終わった」

 そこでは、一日の業務を終えたナントー診療所の院長であるナントウ=コンプレークスが背筋を伸ばし、首や腕を回して一日の疲れを癒していた。

 尤も、ハルに水色毛玉と称されるその見た目では、傍目には水色の毛玉がぶるぶると震えているようにしか見えないのだが。


「さて」

 不意にナントウが周囲の気配を探るように辺りを見回し始め、周囲に誰も居ない事を確かめると、部屋の片隅に置かれていた海月型の人形の頭に触れる。


『ツウシンチュー、オマチクダサーイ、ツウシンチュー、オマチ……』

 すると海月型の人形が機械的な声を発しながら、左右に揺れ始め、それを確認したナントウは人形から距離を取って手近な椅子に座る。


『ツナガリマシター!こちら多次元間貿易会社コンプレックスです。本日はどのようなご用でしょうか?』

 やがて海月型人形はナントウの言葉に反応するように踊り始め、この世界の何処にも存在していない企業の名を告げる。


「こちら、C21-R81-R05世界に出向中のナントウ=コンプレークスじゃ。諜報課への接続を頼む。パスワードは『バチルスサブチルス』じゃ」

『ニンシキチュー、ショウゴウチュー、セツゾクチュー……』

 そして、続けてナントウがパスワードとして発した言葉を契機に目から光を発し、手近な壁に映像を映し出す。


『ん?ああ、納豆爺じゃない。どうしたの?』

 映像に映っていたのは、ただでさえ多い水色の長髪をボリュームが更に増えるように頭の上に盛り付けた女子高校生風の少女が、自分の爪の手入れをまるで至上の芸術品を作り上げるかのような手付きでしている光景だった。


「どうしたのって……前に情報収集を依頼したじゃろうが。どうなんじゃ?ネイル」

『あー、そう言えばそんなの事もあったわね』

 ここで、ネイルと呼ばれた少女はナントウと同じ紫色の輝きを放つ瞳を、ナントウの方に向ける。

 ネイルの視線に含まれる感情は嫌悪。

 そして、左目の下に紫色の三角形が一つ彫られたその顔が作る表情は、明らかにやる気が無さそうなものだった。


『でもその前に』

「ん?」

『とりあえず、そのジジイの姿は止めてくれる?と言うか、せめて爪だけでも若くて健康的な物にしてちょうだい』

「……。はぁ、お前さんも相変わらずじゃのう……分かった。分かった。ちょっと待っておれ」

 ネイルの業務内容から考えれば、勝手な物言いにナントウは若干呆れながらも、幾度か体を震わせる。

 すると、ハルの半分ほどしかなかったはずのナントウの身長が、ハルと同じかそれ以上の長さにまで伸び、全身の皮膚から皺とシミが消え失せ、長く伸びていた水色の髭は縮んで無くなり、長く伸びた髪の毛も藁を髪止めとして幾つもの節に分けた状態で束ねられる。

 そうして、露わになったナントウの顔は明らかに老人の顔では無く、眉目秀麗と言う言葉がふさわしい紫色の瞳の青年であり、その肉体にしても若々しい青年の物に他ならなかった。

 そして、ナントウの左目の下にはネイルと同じように紫色の三角形が刺青として彫られており、その三角形はナントウが人間ではない事を示すように怪しい存在感を漂わせていた。


「これでいいのか?」

『バッチグー!最高よ最高よ!ああ、やっぱり若くて健康的な爪っていいわよねぇ……特にそれぞれの仕事に合わせる形で整えられていたりすると、もう本当に濡れ……』

「良いならとっとと調査結果を出せ。万が一この姿を誰かに見られたら、言い訳が面倒だ」

『む……』

 ナントウの爪の部分に視線を固定した状態で興奮しているネイルをナントウは言葉で急かす。

 すると、ネイルも渋々と言った様子で動き始め、何枚かの資料を映像として画面に映し出す。


「これは……」

『一応口でも説明しておくけど。まずC21-R81-R05世界にウチの会社を通さずに別の世界から侵入したのは、そっちの時間で今から過去二か月以内に40件超。その大半が侵入物、経路共にかなり巧妙に偽装されていて、今も解析中よ』

 映し出された映像の正体は表と『クラーレ』全体の地図であり、地図の方には無数の光点が記されていた。

 恐らくは、その光点が記された場所に別の世界から何かが落とされたと言う事になるのだろう。


『で、一応何処の神がこんな事をしたのかも調査中なんだけど……。この偽装のレベルと、それぞれの物体が幾つもの世界を経由してC21-R81-R05世界に送り込まれている事を考えると、例え対価が支払えても、ウチの会社が彼らを元の世界に戻すのは難しいっぽいわ』

「なるほどのう……となれば、その辺りは彼ら自身で何とかしてもらうしかないな」

『まあ、元々私たちの存在は普通の人間には知られていないし、頼まれることも無いと思うけどね』

「まあ、そうなんだがな」

 ネイルの報告にナントウは両腕を大きく広げ、やれやれと言った動作をする。


「で、もう一つの調査の方は?」

『そっちはさらに難航中。偽装と解析者への対抗術式がかなり念入りに施されていて、社長以外には手に負えそうにない感じ』

 ナントウの言葉にネイルは溜め息を吐き、やってられないと言わんばかりの態度を取る。

 と、不意に映像が大きく揺れる。

 勿論、ダイオークスが揺れたわけではない。

 『クラーレ』では地震なんてものは、瘴気が生じ始めてからはただの一度たりとも起きていないのだから。

 となれば当然、揺れる原因は映像の先に有る事になる。


「……。ちなみに社長は今何を?」

『正規ルート外でここの世界に入ってきた所属不明の新神と第三級分体で遊んでる。なんか治安部の一個中隊を一柱でぶっ飛ばした見た目狼男系の神らしくて、社全体が軽いお祭り状態ね』

 そう判断してナントウはネイルに原因を訪ねたのだが、どうやら、向こうは向こうで面倒な状況に陥っているらしかった。

 ただ、全く深刻そうに見えないのは、自分と関わりのない場所で事態が進行しているからだろうし、実際彼らには何ら関係のない話ではあった。


「……」

『まあ、もう一つの調査にしても、結果が分かり次第教えるわ』

「よろしく頼む」

 そして、ナントウの言葉と共に海月型人形は映像の送受信を止め、映像が切れると共にナントウも元の水色毛玉の姿に戻った。

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