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瘴海征くハルハノイ  作者: 栗木下
第1章【堅牢なる左】
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第58話「塔長室-1」

 深夜。

 ダイオークス26番塔第94層。

 塔長邸兼公園として使われているその層の一室に二つの人影が在った。


「なるほど。本来の(・・・)【堅牢なる左】と来たか」

 人影の片方は26番塔の塔長その人でもあるオルク・コンダクト。

 彼は執務机に着き、手元にパソコンを置いた状態で手に持った紙の報告書を読んでいた。


「間違いはないのだな」

「……」

 もう片方の人影の正体は、照明が絞られた部屋の中でも更に暗い場所に立つことによって、26番塔塔長の居る位置から見ない限りは分からないようになっているため、その正体は分からない。

 が、26番塔塔長の言葉に応じる様に人影は頷き、その反応に26番塔塔長は眉間にしわを寄せる。


「はぁ……(グリズリー)(クラス)ミアズマントを握り潰すことが出来るような代物を個人が所有する……か。どう楽観的に見ても問題が起こる未来しか見えんな……」

「……」

 溜め息を吐いてから発せられた26番塔塔長の言葉に、人影は『何が問題なのだ』と問いかける様に首をかしげる。


「なに。(ハル)が善良かつそれなりに分を弁えた人間であると言う事は私も理解している。そこは安心してもらってもいい。だが、彼の力と価値。それに置かれている状況を考えると、喜ばしく有ると同時に、不安も覚えざるを得ないのだよ」

「……」

「喜ばしいと言うのは、彼がその圧倒的な力を我欲を満たさんが為に振るう可能性が低いどころかほぼ無いと同時に、我々がはっきりと誠意をもって理を示せば、それに応じて力を貸してくれる可能性が高いと言う点」

「……」

「不安なのはその善良さに付け込まれて、彼が利用されてしまう可能性が否定できない点や、彼の力を恐れた馬鹿が下手な手段に訴える可能性があると言う事」

「…………」

 人影の疑問に答えるべく、26番塔塔長は答えていく。


「だが、最も問題なのは、力の全貌が彼自身にも分かっていない上に、【堅牢なる左】には感情に反応する性質が有ると言う点だな。このせいで万が一彼の力が暴走したらと言う状況を考えて、訴えてくる連中の言い分を無視することが出来なくなっているし、私自身常に万が一に対する備えに力を割かざるを得なくなっている」

「では……」

「そうだな。まずは彼自身も求めているように、【堅牢なる左】の解析と訓練は絶対に必要だろう。その他にも必要な事は色々と有るが……それは君の知るべきところでは無いな」

「……」

 26番塔塔長はパソコンの画面に映っている今回のハルたちの任務に関する報告書と、もう一件別の経路を通して送られてきた報告書、それに塔の運営に関わる人員のスケジュールなどと言った様々な情報を見比べながら、人影に対してそう告げる。


「ああ。済まないが、既に娘の御守りに彼らの監視とで手一杯な君に対して、これ以上の任務は与えるべきではないと判断させてもらう」

「……」

「心配しなくても、人員は足りている。それにこの方針で上手くいけば、損をするのは彼を使って我欲を通そうとしていた連中ぐらいなものだし、少なくとも26番塔の住人、ひいてはダイオークス全体の利益には間違いなく繋がるだろう」

「……」

「ん?私か?私は対象外に決まっている。私も彼を利用して我欲を通そうとしていると言う点では、他の連中と変わりはないからな」

 26番塔塔長は手元のパソコンで何かの指示書を作りながら、その口の端を吊り上げる。

 そんな26番塔塔長の姿に、人影は動作だけで呆れた様子を見せる。


「……」

「ああ、今後ともよろしく頼む。物理的な害ならば、今の26番塔の戦力なら大概のものはどうにか出来ると考えてはいるが、この手の情報戦に携われる人間はそれほど多くは無いからな」

「……」

 26番塔塔長の言葉をどう受け止めたのかは分からないが、人影は背筋を正してきれいな敬礼を行ってから部屋の外に出ていく。


「さて……」

 それからしばらくの間、26番塔塔長は手元のパソコンで明日以降の為に必要な書類を作り上げていた。

 そして、人影が出ていってからだいぶ時間が経った頃。


「今後、彼らがどう動くにしても情報収集は必須なわけだが、それでも求めるべき情報の種類に優先順位を付ける必要は有るな。まず最優先にするべきなのは、彼らに害を為そうとする者の情報。次がこちら側に協力しようとしてくれる者の情報。その次が……」

 26番塔塔長は他に誰も居ない室内で、まるで誰かに聞かせる様に独り言を呟き始める。


「いずれにしても最良は何事も無く、それこそ彼が『救世主』ではなく、普通の人間として扱われ、生きれるような状況であり、我々と彼が争い、ダイオークスが存亡の危機に立たされるような事態になるのが最悪の状況と言ったところか」

 そして独り言を呟き終わった時。

 26番塔塔長の顔には明らかに笑みが浮かんでいた。


「いやはや、悩ましい状況ではあるが、気持ちのいい悩ましさだな。少なくとも欲の皮の突っ張った連中と下らない腹の探り合いをするのに比べたら、数千倍は健全で気持ちいい悩みだな。ふっふっふ……」

 やがて、部屋の中には26番塔塔長の笑い声と、パソコンのキーボードを打つ音だけが響きだし、その音は夜明けまで続く事となった。

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