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瘴海征くハルハノイ  作者: 栗木下
第1章【堅牢なる左】
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第56話「M1-17」

『ディル!?』

「うおし!」

 コルチさんの一撃によって遂に集中攻撃されていたディールの足が、その動きを止めて引き摺るようになる。


「【堅牢なる(フォートレス)(レフト)】!」

「でやあっ!」

『ディルアァ!?』

 そして、そのダメージによって生じた隙を突くように、俺の【堅牢なる左】がディールの頭を、トトリの『テンテスツ』のタックルがディールの胴体を捉え、ディールの身体が大きくぐらつく。


「退くでやんすよ!」

「はい!」

「分かってます!」

 そして、一見すれば追撃を仕掛ける好機のようにも見えるが、今までの経験から、ライさんに言われるまでも無く、ディールの反撃が来る前に俺もトトリも素早く安全圏にまで退避する事を選択する。


『ディルアアァァ!!』

「ふう。まだまだ元気みたいだねぇ……」

 ディールが首を大きく振り、頭に生えた角で周囲を薙ぎ払い、角が当たった瓦礫が容易く吹き飛ばされていく。

 その光景を見て、俺が退避した先に居たワンスが愚痴を零すようにそう呟く。


「大丈夫か?」

「皆、そろそろ厳しくなってきてるのは確かだね」

 状況は少しずつではあるが、変化してきていた。

 俺たちは俺とトトリが最初の一撃を当てることに成功してからずっと、同じ戦術でもってディールを攻め続けでいた。

 その結果としてディールの片足を動かなくする事には成功した。

 だが、回避を最優先にした戦術と言うのは気力体力双方に多大な負荷をかける物であり、その結果として、誰一人として欠ける事は無かったが、ワンス、コルチさん、ライさんの三人の息はかなり上がって来ていたし、瘴巨人を操っているトトリにしても、その動きに精彩を欠き始めていた。

 その為、今となっては戦闘開始時と変わらない動きを出来ているのは、周囲の瘴気からほぼ無制限に力を得られる俺ぐらいだった。


「撤退は駄目なんだよな」

「駄目だね。今なら逃げられるだろうけど、傷が癒えたらコイツは今まで以上に強い敵意を人間に抱いて、積極的にアタシたちを襲うようになる。こっちが逃げるどころか、逃がすのも駄目だ」

 しかし、撤退と言う選択肢は俺たちには無かった。

 これはミアズマントが元になった生物について、姿だけでなく習性や特性と言ったものを部分的に受け継いでいるからこその問題だった。


「けど、そうなると……」

 俺はディールの様子を窺う。

 ディールは後ろ足の片方を引き摺りながらも、未だにその無機質な目に闘志を漲らせ、周囲を油断なく警戒している。

 その姿は間違っても、後一発や二発程度の攻撃で倒せそうな姿には見えなかった。

 そう、ディールと戦っている俺たち最大の問題点は火力の無さだ。


「…………」

 俺は自分の左手を見る。

 現状の俺たちが有する最大火力は俺の【堅牢なる左】と、トトリの『テンテスツ』の攻撃になるが、これらではディールを仕留めるのにはまだまだ時間がかかるのは間違えようのない事実であり、そうなればそう低くない確率で死人が出ることになるだろう。


「すぅーはぁー……」

 俺は隣で深呼吸をして、呼吸を整えているワンスの姿を見る。

 ワンスの銛は既に刃先が欠け始め、ワンスの防護服はどこもかしこも土や埃で汚れていた。

 そして、この状況はライさんにしても、コルチさんにしても、さほど変わりない事だった。


「全員、そろそろいいでやんすか!次の攻撃を仕掛けるでやんすよ!!」

「おうっ!」

「分かってるよ!」

「はい!」

「……」

『……』

「全員かかるっす!」

 ライさんの短剣投擲を皮切りとして、再び俺たちの攻撃が始まる。

 ディールはそんなライさんたちの攻撃を避けようとはしているが、脚が一本使えない為にその動きは鈍く、ライさんたちの攻撃は的確に決まっていく。

 その戦いがこちらにとって順調に進んでいる事を示しているはずの光景に、俺は何故かこのまま同じ方法で攻め続けていても良いのかと言う不安を覚える。


『ディル!?』

「よしっ!」

 やがて、ワンスの攻撃によってディールが僅かによろめき、その隙に乗じて攻撃を仕掛けようと俺とトトリの二人が飛び出す。


「っつ!?」

 そして、【堅牢なる左】を発動しながら、狙いを定めるべくディールの目を見た時に俺は悟る。

 コイツは諦めていない。

 コイツはまだ俺たち全員を仕留める気でいる。

 その一手目として、コイツはワザとよろけて、俺とトトリの二人を誘いだしたのだと。


『ディル……』

「しまっ……」

 ディールが一本だけの後ろ足で立ち上がり、身体の向きをトトリの『テンテスツ』の方に向ける。

 狙いは言うまでもない、天高く上げている鋼鉄の両足を叩きつける事だ。

 その光景で俺以外の皆もディールに嵌められたことを悟り、表情を歪める。


「ト……」

『感情値の閾値突破を確認しました。プログラム・ハルハノイOSを起動します』

 俺はディールを吹き飛ばすか抑え込むかして、トトリを守ろうと慌てて【堅牢なる左】を発生させた上で左腕を振るおうとする。

 だが同時に、今までの経験から、今の【堅牢なる左】ではディールの攻撃を止める事も、トトリを守る事も出来ない事も悟らされる。


「ト……」

『体内と周辺の魔力、物質、状況を走査します。状況把握。魔力、物質共に潤沢。周辺の魔力、物質の吸引と処理が完了次第、通常(ノーマル)モードにて起動をします』

 必要なのは力だった。

 より正確に言えば、ディールがトトリに攻撃するよりも早く、俺がディールに攻撃するための速さと、ディールを確実に吹き飛ばし、押し潰すことが出来るだけの重量。

 その両方が今の俺には必要だった。


『【堅牢なる(フォートレス)(レフト)】起動』

「なっ!?」

「なんでやんすか!?」

「ハル!?」

「ハル君!?」

『ディル!?』

 そんな俺の意思を反映してか、俺の左腕に周囲の瘴気が目に見えて薄れるほどに大量の瘴気と、ありとあらゆる種類の瓦礫が無数に集まっていく。

 そして、俺の主観ではやがてと言えるほどの時間で、実際の時間では一瞬にも満たないような時間が経った頃。

 俺の左腕は青と赤の二色が微かに見える黒い鱗に覆われた、鯨の鰭に爪が生えた様な姿へと変貌を遂げた上でディールの身体に触れ……


「リイイイイィィィィ!!」

『……!?』

 ディールを吹き飛ばし、地面に叩きつけ、悲鳴一つ上げる間も与えずに握り潰す。

 そして、後にはディールだったものの残骸と、手の内に収まっていなかった角の部分だけが残されることとなった。

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