第52話「M1-13」
「これはまた一貫性の欠片も無いっすねぇ」
アタッシュケースの中を見たライさんは思わずと言った口ぶりでそう呟く。
が、以前にも同じアタッシュケースを見た事が有る俺にとっては、十分に一貫性があると言える物だった。
アタッシュケースの中に収まっていた物は三つ。
「これは資料……と言うよりは論文でやんすね」
一つ目はクリップのような物で上端を留めた分厚い紙の束。
ライさんがパラパラとめくる横で俺もチラ見してみるが、その内容はかなり専門的な物らしく、文字自体は読めても、その単語や図が何を意味するのかまでは、俺にはまるで分からなかった。
「どんな内容なんだい?」
「んー……あっしにも専門外なんで、詳しい事は分からないっすけど……、図や用語、表の内容から察するに冶金や建築に関係する論文っすね」
ワンスの問いにライさんは何度か論文を見直しながら、論文の中身についての答えを返す。
ただ、詳しい事は分からないと言う言葉通り、何度か見た所で読むのを止めて、疲れた目を癒すように強く目を閉じ始める。
「この論文に関しては、真偽の判断も含めて、ダイオークス中央塔大学の学者に見てもらうしかないっすね。たぶんすけど、26番塔の職人たちじゃ専門的……と言うか理論が先行し過ぎてて手に負えないっす」
「なるほど」
とりあえず、この論文については持ち帰って、その道の専門家の人たちに精査してもらうしかなさそうだな。
現場の人間である俺たちの手には負えそうにない。
「そう言えば論文ってことは著作者が居るはずですけど、著作者の名前とかは書かれているんですか?」
「ああ、そう言えばそうだね。誰なんだい?」
「確かに気になりますね」
「著作者っすか?著作者は……」
と、俺は著作者の事を多少疑問に感じたのでライさんに尋ねてみるが、ライさんの表情が明らかに強張る。
その表情に俺たちはどうしたのかと思う。
「著作者はイヴ・リブラ。ダイオークスの設計者である博士の名前になっているっすね」
「「「!?」」」
だが、続けて発せられたライさんの言葉には、俺たちもライさんと同じように表情を強張らせざるを得なかった。
イヴ・リブラ。
それはダイオークスを設計した、この世界では救世主や英雄としても挙げられる事もある科学者であり、瘴気学の基礎もこの博士が築いたと言われているぐらい、とんでもない人物だったはずである。
その博士の論文がどうして此処に……まさか、あのスピーカーの声の主と、イヴ・リブラ博士との間には、何かしらの関係が有るとでも言うのか?
「これは持ち帰って、本当に著作者がイヴ・リブラ博士であるかも含めて調べる必要が有るでやんすね」
「「「……」」」
本心では色々と言いたい事は有ったが、その言葉のいずれもが、この場で発しても意味が無い物だった。
なので、俺も含めた全員がライさんの言葉に無言で頷くと、論文をアタッシュケースの中に戻して、次の物品に目をやる。
「で、こっちの短剣はハルが持っている物と同じかい?」
「ちょっと待ってくれ」
二つ目の物品は今現在俺の腰に差さっている短剣と酷似した短剣だった。
いや、酷似しているどころじゃないな。
俺は手に持って重さを確かめたり、数度軽く振ってみるが、二つの短剣には全く差が無かった。
まるで、パソコンでデータをコピー&ペーストでもしたかのように瓜二つだった。
「違いは柄ぐらいだな」
「柄?ああ、本当だね」
ただ、二つの短剣の間には一つだけ違い有った。
それは刃に施されている装飾の柄だ。
俺が前から持っている方の短剣にはドラゴンのような生物の絵が施されているが、新しく見つけた短剣の方にはクジラのような生物の絵が施されている。
「鯨と竜かぁ……どういう意味なんだろうね?」
「さあ?単純に見分けを付けられるようにするためかも」
「見分けって……ああ、そう言う事かい」
装飾の意味についてはともかく、どうして二本の短剣に柄の差が有るのか、どうしてここに短剣が有ったのかについての理由は何となく分かる。
恐らくだが、この短剣もまた鍵として用途が有るのだろう。
それはつまりこの部屋のような場所が、またどこか別な場所にあると言う事でもある。
そして、その別な場所がこの部屋と同じような状況下にあるのならば……まだ見つかっていないクラスメイトたちが最初に居た場所がその第一候補になるんだろうな……。
「とりあえず短剣については俺が持っていても良いですか?」
「良いでやんすよ。ダイオークスに帰った後、一度念入りに検査をするぐらいの事は有るかもしれないでやんすけど」
「まあ、武器だしね。扱えない人間が持つよりかは、扱えるハルが持っている方が良いだろ」
「私はハル君が持っていていいと思うよ。そもそもこの部屋の入口の鍵穴に気付いたのはハル君だけだったんだし」
「みんなありがと」
とりあえず短剣については俺の装備品の中に一時的に収めておけるスペースを作って、そこに入れておく。
「で、最後は……」
「USBメモリーだね」
「USBメモリーだねえ」
「正確には対瘴気用の防護措置が採られたUSBメモリーでやんすね」
三つ目の物品は赤と青の二色で彩られた、どこかで見た覚えのあるUSBメモリーだった。
……。
たぶんと言うか、もしかしなくても中身はまた妖しいプログラムで、しかも見たら他の人の記憶からも、物的にも綺麗さっぱり無かった事になるような仕掛けが施されているんだろうな……。
「あー、これの中身の確認はダイオークスに帰ってからで。俺の予想通りだとしたら、かなり厄介な仕掛けが施されているはずだから」
「?」
「まあ、ハルがそこまで言うんなら、そうしておくでやんすよ」
俺の言葉に妙なものを感じつつも、みんな納得してくれたのか、USBメモリーはアタッシュケースの中に戻される。
うん。無駄な足掻きかもしれないが、一応USBメモリーの中身を残す努力はしてみよう。
一から十まであのスピーカーの声の主の思惑通りになるのは癪だ。
「え?あっ、はい、はい。はい。っつ!?……ハル君!」
「ん?」
と、ここで突然トトリの操るリモートドールが何か慌てた様な動作と共に何度も相槌を打ち始める。
動作から察するに、何処からか連絡のような物が来たと言う事だろうか?
やがて、相槌が終わると、唐突に俺の名前を呼ぶ。
そして、トトリの口から発せられたのは……。
「緊急事態です!ガーベジさんからの連絡が今あって、私たちのキャリアーが熊級ミアズマントの群に襲われているそうです!!」
「「「!?」」」
トトリ以外のこの場に居る全員に驚愕の表情をさせるには十分すぎる程に拙い情報だった。