第51話「M1-12」
「隠し階段っすか……」
「これは驚かされたね……」
「全然気づかなかった……」
「……」
俺は鍵穴から短剣を引き抜くと、現れた階段の方に目を向ける。
隠し階段の先にはシェルターの中と違って照明が用意されていないのか、真っ暗闇だった。
正直に言えば、どうして俺の短剣が鍵として使えたのかや、何故罠かもしれないのに躊躇いなく短剣を差し込んでしまったのかなど、他に気になる事は多々あった。
だが今はまだ、その疑問は心の内に秘めておくべきだろう。
「トトリ。コルチさんにもう少し戻るのが遅くなることを」
「うん。分かってる」
まず第一に確かめるべきは、隠し階段の先がどうなっているかだ。
なので、俺はトトリにコルチさんへの連絡を頼むと、隠し階段の方に足を向ける。
「じゃあ、俺が先頭で行くぞ」
「後ろは任せておきな」
「うん」
「分かったでやんす」
そして、どういう原理なのかは分からないが、わざわざ俺の短剣を鍵に指定していたぐらいなのだし、恐らくは俺が踏み込む分には問題ないと判断する。
と言うわけで、俺を先頭にして隠し階段を降っていく。
「結構長いね……」
「そうだな」
「ただワクワクもするねぇ」
「まあ、冒険心をそそられるものは有るでやんすね」
隠し階段は意外と長かった。
今の時点でも深さにして5~6mは間違いなくシェルターの在った高さからは降っているだろう。
だが、明るいシェルター部分に居た時には気づかなかったが、非常灯の様な微かな灯りが各段の脇に設置されているおかげで、踏み外して転がり落ちるような無様な姿は晒さずに済んだ。
そして、10m以上は間違いなく降った頃だった。
「これは……」
シェルターと同じように照明によって照らし出された空間が見えて来て、その空間の中がはっきりと見えたところで階段は終わりを告げる。
と同時に、見えた空間の内容に俺は思わず言葉を無くす。
「部屋?」
「でも、家具しか無いね」
「いや、机の上に何か有るでやんすよ」
トトリたちは俺とは違って、驚きはしても言葉を無くしたりはしなかった。
だがそれも当然だ。
この部屋を見た事が有るのは、この中では俺だけなのだから。
「ハル君?」
「ハル?」
いや違う。似ているだけだ。
そもそも、あの部屋は竜級ミアズマントに食われて失われたはずだ。
ここに在るはずがない。
俺は必死にそう思うが、何度見ても同じ部屋だとしか思えなかった。
執務机の位置も、空っぽの本棚の位置も、執務机の上に置かれているアタッシュケースまでもが、俺が最初に訪れた部屋にそっくりだった。
「ハル!しっかりしな!」
「ハル君!ぼうっとしないで!」
「はっ!?」
と、俺はようやくワンスとトトリの二人から心配されている事に気づき、我に返る。
「この部屋が一体どうしたって言うんだい?」
「ハル君大丈夫?引き返す?」
「ああいや、大丈夫」
俺は頭を数度振って気持ちを立て直すと、二人の後ろで暇そうにしているライさんも含めた三人に、この部屋の内装が、俺が最初に飛ばされた部屋に酷似している事を告げる。
すると三人……いや、トトリはリモートドールで実際の表情は分からないが、三人は揃って眉根を顰める。
「ふうむ。最初に居た部屋にそっくり……でやんすか」
「訳が分からないね。どうしてわざわざそんな七面倒くさい事を……」
「でも、そう言う事なら、この部屋も異世界転移技術に関係している可能性は高いよね……」
「そうだな。いずれにしてもまずは調べてみてからだ」
そう言うと、俺たちは全員で部屋の中に入って、部屋の中にアタッシュケース以外の何かが無いかを調べ始める。
アタッシュケース?あからさまに怪しいので、調べるのは最後です。
誰が真っ先に調べてやるものか。
で、結局。
「このアタッシュケース以外に怪しい物は無かったすね」
「そうだね」
「うん」
「はぁ……」
アタッシュケース以外には何も怪しい物は何も無かった。
どうやら、このアタッシュケースを開けるしかないらしい。
「じゃあ、とりあえず裏返すね」
「頼む」
まずはアタッシュケースの外側に何かが有るかもしれないと言う事で、リモートドールで来ていると言う何かがあっても大丈夫な状態であるトトリが、アタッシュケースを持ち上げて俺たちにその表面が見える様にゆっくり回り始める。
「っつ!?」
そして、今まで下側になっていて見えなかった面に赤いペンキのような物で書かれていた言葉に、一気に俺の頭に血が上る。
「『Is halhanoy enjoying?』だと!ふざけんな!!」
アタッシュケースの表面に書かれていたのは、『Is halhanoy enjoying?』と言う文章。
それはこの世界に生き、蔓延する瘴気に苦しむ全ての人々を小馬鹿にしていると言ってもいい文章だった。
この世界で現状唯一瘴気を気にせずに行動できる俺に対して、特別な存在になった気分はどうだと問いかける文章だった。
楽しんでいるかだと?ふざけるな!俺は……
「【堅牢なる左】!」
気が付けば、俺は言葉にならない感情で精神を満し、叫び声を上げながら左手を振り上げて【堅牢なる左】を発動。
眼前のアタッシュケースを粉砕しようとしていた。
「落ち着きなハル!」
「ハル君!駄目だよ!!」
「ぐっ!?」
だが、【堅牢なる左】が振り下ろされることは無かった。
いつの間にか、ワンスとトトリの二人が外側と内側の両面から俺の左腕を抑え込み、動かなくしていた為に。
「ハル。何が書いてあったのかアタシには分からないけれど、ここでアレを壊したら、間違いなく後で後悔するよ。アンタはそれでいいのかい?」
「ハル君。ハル君が怒るのは分かるよ。でも、此処は抑えて。アレの中身はもしかしたら重要な手掛かりなのかも知れないんだよ。ね?」
「……。悪い」
俺は【堅牢なる左】を解除し、【堅牢なる左】が解除された事を察してワンスとトトリも俺の腕を抑えるのを止める。
そして俺は、憑き物が落ちたように全身を脱力させると、その場に座り込む。
「ふう。いきなり放り投げるんで慌てたでやんすよ」
「ライさん」
ライさんが俺の前にアタッシュケースを持ってくる。
どうやら、トトリが俺を止めるためにアタッシュケースを放り出し、ライさんが慌ててそれをキャッチしていたらしい。
「とりあえず中を調べてみるでやんすよ。話はそれからっす」
「分かり……ました」
そして、ライさんの手によって、消沈している俺に中が見えるようにアタッシュケースがゆっくりと開かれた。
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