第50話「M1-11」
俺たちはシェルターの入り口である水密扉に続く階段を下りていく。
「一応言っておくでやんすが、此処に二人分の死体の痕跡が有ったでやんすよ」
「……」
そして、水密扉に付けられているハンドルの前にまでやってきたところで、ライさんが扉前の床を指差してそう言う。
ああそう言えば、トトリは他に四人のクラスメイトと一緒に飛ばされたとか言ってたな。
となると、ここで男子二人が死んだわけか。
俺は心の中で僅かの間だけ祈りをささげると、ハンドルを回して水密扉を開ける。
「ここにもう一人分でやんす」
水密扉を開けた先は事前の情報通り、一度に人が五人ほど入れる大きさのエアロックになっていた。
左右の壁では脱瘴機構の一種と思しき装置が稼働しているが、ライさんの言葉と以前の話通りなら、ここで女子が一人死んでいたと言う事になる。
なので、俺は再び心の中で祈りをささげる。
そして、全員でエアロックの中に入り、外に繋がる水密扉を閉めると、エアロックの中から瘴気が抜け切るのを待つ。
「開いたようでやんすね」
「みたいだな」
「そうだね」
「……」
やがて、エアロックの中の瘴気が無くなると、シェルターの中に繋がる水密扉のロックが外れ、ハンドルを回すことが出来る様になったので、俺がハンドルを回して水密扉を開ける。
「ここが……」
「うん。私が最初に居た部屋」
「随分と広いね……」
「ちなみに、そこに最後の一人でやんすよ」
裏に『死にたくなければ助けが来るまでは外に出ないように』と書かれた水密扉を開けると、直ぐに下りの階段になっていて、高さ的には完全に地下の領域になった。
シェルター内の天井までの高さは2mちょっとで、広さとしては一辺が10mは間違いなくあるかなり広い部屋である。
で、床、壁、天井は全面コンクリート張りで、表面には無数の細かい傷が付いている。
そして、ライさんが指さしたのは階段下直ぐの場所だった。
「皆。ちょっと、調べ始めるのを待っててもらってもいいかな」
「分かった」
「構わないよ」
「好きにするでやんす」
トトリの操るリモートドールがライさんの指した場所に行って、今は亡き友人への祈りをささげる。
そして、俺とワンスもまた同じように静かに祈りをささげる。
「うん……ありがとう。もう大丈夫」
「「…………」」
「じゃ、調べ始めるでやんすかね」
やがてトトリは祈るのを止め、俺たちは部屋の中心辺りにまずは集まる。
「とりあえず、以前あっしらが入った時の情報を伝えておくでやんす」
そう言うとライさんが部屋の中のいくつかの場所を示して、どこに食料や毛布が有ったかや、照明に空調、トイレと言った物が装置含めてどこに在ったかを教えてくれる。
ちなみに、食料や毛布については、その以前の探索の際に回収済みであり、別段変わった点は無かったとの事。
「とまあ、あっしから伝えられる情報はこれぐらいでやんすね」
「なるほどね。となると気になるのは……トトリ、アンタはこの部屋の何処に最初居たんだい?」
「えーと……」
ワンスの求めに応じる形で、トトリがこの世界に飛ばされた際に最初に居た場所へと向かって行く。
「確かこの辺だったかな。突然、椅子が無くなったから、そう。こんな感じにしりもちをついた体勢で飛ばされたの」
そして、最初に居た場所に着いたところで、リモートドールを操ってしりもちのような物をつく。
うん、人形だからいまいち真剣さとかが伝わらないな。
むしろ可愛い感じになってしまってる。
まあ、それはともかくとしてだ。
「じゃ、まずはその辺りからかな」
「そうだね。目標にしろ、引き寄せる何かにしろ、その辺りに何かが有るはずだよ」
「ま、この広い世界の中で、こんなシェルターにピンポイントで飛ばせる技術でやんすし、部屋の中の位置まで正確に決められていたと考える方が適当でやんすよね」
「うん。探してみよう」
俺たちの目標は、あのスピーカーの声の主がこの世界に俺たちを飛ばすのに利用したであろう何かである。
そして、俺たちの探す何かが本当に有るのなら、トトリが今居る辺りに存在している可能性が高い。
と言うわけで、俺たちは全員揃ってまずはトトリが最初に居た位置を調べ始める。
「「「うーん…………」」」
で、数分後。
その何からしき物は見つかった。
が、その何かを見て、俺たちは全員悩ましげな声を上げていた。
「釘……っすよねぇ」
「釘だねぇ……」
「釘だよな……」
「釘だよね……」
見つかった何かは釘だった。
ただし、その材質は鉄以外の複数の金属を規則的に組み合わせて作られているようで、表面には金や銀、赤など様々な色で象られた紋様が浮かび上がっていた。
「これがハルたちの求める何かなのは間違いないんだろうけど……」
「まあ、そうでなければ、わざわざあんな隠し方はしないよなぁ……」
正直、かなり怪しい代物ではあるし、こんな一本の釘程度で、目標に出来るのかという疑問もある。
が、この全面コンクリート張りで、釘など必要としないはずの床にこの釘は打ち込まれており、しかも上から見た時に一目ではそうと分からないように、簡単にはがせるコンクリートモドキを床に塗って隠してあったのであるし、何かしらの意図があることは間違いないと思う。
「まあ、一本見つかれば、後は簡単で……と、やっぱりこっちにも有ったでやんすよ」
「どうやら確定みたいだね」
「だな」
と、ライさんが新たな釘を見つけてくる。
そこは、トトリ曰く男子生徒が最初に居た場所ではないかとの事だった。
そして、二ヶ所見つかれば残りの三ヶ所でも、という事で探してみたところ、同じ釘がやはりそれぞれの場所で一本ずつ見つかった。
「とりあえず、これで今回の調査は完了っすかね?」
「そうだね。もしかしたらまだ何か有るかもしれないけれど、まずはこの釘を調べてみるべきだと思うよ」
「じゃあ、釘の方は対瘴気用のケースに入れて、オルガさんたちの所に戻ろうっか」
「そう……ん?」
今回の調査はこれで終わり。
と言う事で、紋様付きの釘を中の物が瘴気に汚染されないように作られたケースに入れて、帰ろうとした時だった。
俺の耳が微かに鳴っている時計を刻むような音を捉える。
「ハル君どうしたの?」
「いや、何か音が……」
俺は音の出所が何処かと探し始める。
音は床に付けられた無数の傷の一つから発せられていた。
が、よくよく見れば、その傷は傷では無く、何かを差し込める鍵穴のようだった。
「鍵穴でやんすか?」
「どうしてこんな物が……」
ライさんとワンスが疑問の声を上げる中、直感としか言いようの何かでもって、俺にはこの鍵穴に何を差し込むべきなのかが分かってしまった。
そして気が付けば、俺は鍵穴に鍵……この世界に来て直ぐに手に入れた短剣を差し込んでいた。
「「「!?」」」
「これは……」
すると、大きな振動と共にシェルター内の床の一部が動き出し、更に地下へと続く階段が現れたのだった。
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