第48話「M1-9」
「では行ってきます」
「おう。頑張れよ」
ハル、トトリ、ワンス、コルチ、ライのシェルター調査班の五人は、ダスパ、ニース、ガーベジ、オルガ、レッド、ピスのキャリアー護衛班の六人に見送られる形で、今回の任務の調査場所であるシェルターに向かって行った。
「さてとだ」
そして、調査班五人の姿が瘴気に紛れて見えなくなったところで、最後まで五人の姿を見守っていたダスパが残りの五人の姿を見えるように振り返る。
「俺たちもやる事をやっておかないとな」
「そうですね」
ダスパの視線の先に転がっているのは、先程の戦いで仕留めたウルフたちの残骸。
十体のウルフの残骸が小山のように積まれていた。
そこにニースが剣と幾つかの機材を持ってゆっくりと近づいていく。
「では、始めますか」
「おう、よろしく頼む」
「周囲はこっちで警戒しておくよ」
「任せておけ」
オルガたちが周囲を警戒する中で、ニースは機材を組み立てて鉤爪付きの釣るし台のような物を作ると、ウルフの残骸の中から比較的原形を留めている物を鉤爪に掛けて吊るす。
そして剣を一振りして、吊るしたウルフの残骸に一太刀の傷跡を付ける。
すると傷口から大量の瘴液が流れ出し、釣るし台横に用意された装置に瘴液が流れ込んでいく。
「さて、十分抜けましたかね」
数分間そのまま放置し、ウルフの残骸から十分に瘴液が抜けたところで、ニースは手に持っていた剣を短剣に持ち変える。
そこから先は正に獣の解体作業だった。
ニースはウルフの残骸、甲殻と甲殻の隙間に短剣を刺し込むと部位ごとにウルフの残骸を切り分け、牙、爪、肉、骨、内臓、神経と、ウルフの残骸をバラバラにしていく。
なお、牙や爪などは普通の動物とそこまで差は無いが、その他の部分はウルフの体内で同じ役割を担っていると言うだけで、実物は普通の動物とは全く別の物である。
「ふうむ……」
「どうだ?ニース」
やがて、十体のウルフ全ての解体を終え、ウルフのパーツ群を目の前にニースは唸り声を上げる。
「至って普通の、極々一般的なウルフですね。どの個体のどのパーツにも異常は見られません」
「戦闘の結果壊れちまったとかは?」
「それも無いでしょうね。それならそれで、破片に通常のウルフとは違う部分が見られるでしょうし」
「となると理由が分からねえな……」
「そうですね……」
そもそも、何故ニースはウルフの解体作業を行っていたのか?
それは、ハルたちは気づいていなかったが、先程の戦闘においてウルフたちが通常の個体では有り得ないような行動を取っていたからであり、その理由をウルフの残骸から探ろうと考えていたからである。
そう。ミアズマントは生物を模している。
つまりは、彼我の実力差に著しい差が有り、逃げることが可能であると判断したならば、敵と戦わずに逃げ出す事を選ぶ程度の知性は有しているのである。
そして、戦闘開始直後にオルガが行った、一撃でウルフを叩き潰すと言う行動は、ウルフたちにそう思わせるには十分な一撃だったはずなのである。
にも関わらず、ウルフたちは最後の一匹まで襲い掛かり、結果として群は全滅した。
これは、従来のウルフたちの行動パターンからは有り得ない事だった。
「ついでに言えばだ。奴らが取った戦術もおかしかった。俺とライの所に来た奴らはまるで捨て駒の様だったしな」
「そうだな。ハルを狙う事までは分かるが、ハルを狙った三匹以外が、囮のように動いた事には妙なものを感じる」
レッドの指摘にダスパの瘴巨人は顎に手をやって、考え込む。
ハル一人を狙う。
これは集団で孤立した相手を狙うウルフの行動パターンとしては一般的な物ではあるが、その際には全員で獲物に向けて一斉に牙と爪を突き立てるのが一般的であり、今回のように一匹一匹が獲物以外の相手を足止めするように動くと言うのは、今までになかった事である。
「そもそも、どうしてウルフが此処に居たんだろうね?その時点でおかしいと言えばおかしいんだ」
「オルガ。まあ、それは確かにそうなんだが……」
異常は他にも有った。
そもそもとして、ダスパたちが今居る地域は、つい先日三塔合同でミアズマントの掃討作戦が行われた地域である。
勿論、ミアズマントが生物を模している以上は、各個体が縄張りのような物を持ち、縄張りが空けば、そこを埋めるように新たなミアズマントがやって来る事は有るし、縄張り争いに負けた別の地域のミアズマントが元の地域から押し出されるように現れる事もある。
だが、それを考慮しても、自然発生するとまで言われている鼠級のミアズマントならばともかく、ウルフのような狼級のミアズマントが居るのは時期的に早過ぎ、異常と言う他なかった。
「「「…………」」」
場に沈黙が満ちる。
周囲に敵影と呼べるものは無いが、妙に数の多い鼠級のミアズマントは相変わらず人目もはばからずに何処かに向けて走り続けている。
そう。異常はまだある。この大量の鼠級ミアズマントの群だ。
鼠級ミアズマントの戦闘能力は低い。
そのため、人は勿論のこと、捕食対象として見て来る事もある狼級や熊級のミアズマントからも見つからないように普段は身を隠している。
その鼠級ミアズマントたちが、それこそ何かから逃げ出すように何処かに向かって走り続けているのである。
このような現象が起きた事は、少なくともダスパたちの知る限りでは一度たりとも無い事である。
「ガーベジ!」
『分かってる。もう26番塔の本部の方に通信の回線を開き始めているわ』
「ピス!」
『現在、最大出力にて索敵中ですが、今のところは何も』
ダスパとオルガの求めに応じる形でガーベジとピスの二人が動き始める。
「何も無ければ……いえ、既に何かが起きている事が間違いない以上は、私たちに対処できる程度の何かで済んでいればいいのですが……」
「いずれにしても、ライたちが戻ってくるまでここを動くわけにはいかないだろう」
そして、二人の動きを感じながら、ニースとレッドの二人は瘴気の向こう側に居るかもしれない何かを睨み付ける様にしていた。
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