第40話「M1-1」
ワンスの右ストレートによってノックアウトされた次の日。
26番塔第1層のミーティングルームには、俺を含めて十名以上の男女が集まっていた。
「定刻になりました。ミーティングを始めましょう」
「分かった」
「あいよ」
配置としては、部屋の壁一面を使ったモニターの横にはニースさんが、モニターの前にはダスパさんとオルガさんが横に並び立ち、残りの面々は間に俺、トトリ、ワンスの三人を挟むようにする形で、それぞれの小隊ごとに固まって座っていた。
「ようし。それじゃあ、今から26番塔外勤第3小隊と第1小隊合同で行う、今回の任務についてのミーティングを始める。全員聞き漏らすんじゃねえぞ」
ダスパさんの言葉に部屋に居る全員が頷き、真剣な顔つきになる。
「ニース」
「分かっています」
ニースさんがダスパさんの求めに応じる形で部屋を暗くすると同時に、モニターに複数枚の何処かの地図を映し出し、それに合わせてダスパさんとオルガさんの二人がモニターが見えるよう左右に分かれる。
「まず、今回の任務だが、分類としては調査・回収任務になる」
「目標は此処。かつて第1小隊がトトリを見つけて回収した部屋だ」
モニター上の地図の一点をニースさんが指揮棒で指し示す。
俯瞰図で示された地図の方からはビル街と言うよりは住宅街な感じを、建物の詳細な地図の方からは半地下のシェルターと言った感じを受けた。
まあ、実際トトリが居た部屋は外部の瘴気からは完全に隔絶されていたと言うし、シェルターと言っても間違ってはいないのだろうが。
「ただ、調査に当たっては幾つかの注意事項が有る」
「注意事項……ですか」
ダスパさんが腕を組んだ状態で俺たち全員を見回す。
「詳しくはアタシから説明するよ。まあ、注意事項と言うよりは、補足と言った方が近いかもしれないね」
オルガさんはそう言うと詳細な説明を始める。
「まず、この部屋自体はトトリを救出した際に既に調査済みでめぼしい物は一通り回収してある。けれど、その回収物の中にはアタシたちが求めている物……つまりは異世界への転移技術に関係する物は無かった。これはドクターが確認している事だから、間違いないよ」
「つまり俺たちが求めている物は目に見えなかったり、何かしらの方法で隠されているかもしれない。と言う事ですか?」
オルガさんの説明に俺がそう答えると、オルガさんは首を横に振る。
「それだけじゃなくて、場合によっては部屋の基礎部分にそういう物が仕込まれているかもしれないし、ありふれた物でも特殊な使い方をする事でそういう物にしているかもしれない。と言うのがドクターの弁だよ」
「それって……」
かなり厳しくないか?
場合によっては俺たちの知識や能力では、目の前に目標の物が有ってもそれだと分からずに見逃してしまう可能性もあるんじゃ……。
「ハルの言いたい事は分かる。だから今回の任務ではまず一度部屋の中に立ち入って、一通りの調査をする。そして、その調査でめぼしい物が見つからなかった場合は、部屋を床から天井まで全て解体して持ち帰る予定だ」
「それはまた……」
「随分と大胆な手だねぇ……」
「でも、それらしき物が無かったのは確かだから、これが一番確かな手だと思うし、その為の手段ももう用意してあるから」
ダスパさんの言葉に俺とワンスが呆れる中、今回の任務に対してトトリが自信を覗かせる。
ああでも、アレか。
考えてみれば、今回は第1小隊、第3小隊保有の瘴巨人だけじゃなくて、トトリの瘴巨人もあるし、瘴巨人の力を持ってすれば、部屋一つ解体して、丸ごと持ち帰るぐらいは出来ない事も無いのか。
「まあ、補足についてはこれぐらいにしておいてだ。ダスパ」
「分かってる」
と、ここで話し手がオルガさんからダスパさんに代わる。
その手には分厚い紙の束が握られている。
「もう一つ。今回の任務が行われる当該地域について、26番塔側から提供された情報が有る」
ダスパさんの表情は硬い。
表情から察するに、どうやら26番塔側から示された情報は良い情報とは言えない物らしい。
「先に言っておく事として、今回の任務が行われるにあたって、当該地域では25番塔、26番塔、27番塔の三塔合同でミアズマントの大規模駆除作戦が行われた」
「ほぉ……」
「結果は上々。狼級のミアズマントを中心として、熊級も含めてかなりの数のミアズマントが駆除された」
「良い事じゃねえか。どうしてそんなに渋い顔をしてやがるんだ?ワン公」
「問題は此処からだ。黙って聞いてろ。レッド」
レッドさんの軽口に対して、ダスパさんも軽口を返しながらニースさんに別の資料を出すように指示をする。
そして、その別の資料が映し出された時、俺とトトリ以外の全員の表情が訝しげなものに変わる。
「見ての通り、鼠級のミアズマントの駆除数が異常な値を示してる。これは三塔合同で効率よく駆除が行われた事を考えても異常な数字だ」
「大量発生か?なんにしても面倒な」
「どうして鼠級だけが……」
「……。悩ましいところでやんすね。どうしてこんなに居たのかは分かっていないんすよね?」
「ああ、詳しい原因は何も分かっていない。だから全員に注意をしておくように今ここで明かしたんだ」
皆の話や、表情から察する限りになるが。
どうやらこれから俺たちが向かう地域ではミアズマントが大量発生している可能性が有るらしい。
確かに鼠級のミアズマントと言っても、圧倒的な数で襲われたり、不意打ちをされたりしたら危険な事には変わりない……か。
「全員。気を引き締めておけよ。俺たちはこれから未知の塊に挑むような物なんだからな」
「「「了解!」」」
その後、幾らかの摺合せや打ち合わせを行ってミーティングは終わりを告げ、俺とトトリの初めての任務は一抹の不安を抱えたまま始まる事となった。
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