第38話「鳥と狼-2」
とりあえずこの場で雪飛さんとワンスが話を始めるのは拙いと俺は判断した。
なので、どうにかこうにか二人を宥めつつ家のリビングに移動し、それぞれ別にお互いの顔が見えるような位置に置いた椅子へと腰かけさせる事にした。
家の中ならば防音がしっかりしているので、二人の話がどういう風に転んでも、まあ大丈夫だろう。
「「……」」
「う……」
俺の胃以外は。
うん、既に空気がすごくギスギスしてる。
この二人ってば殆ど初対面みたいなものだよね?
なのに、なんで一瞬でこんなに空気が悪くなるんだ……?
「単刀直入に聞きます。どうしてバルバロさんが此処に居るんですか?」
「どうしてってそりゃあ、アタシがハルの補佐役に選ばれたからさ」
雪飛さんの質問から、ワンスがどうしてこの場にいるのかについての話が始まる。
ただ、ワンスが補佐役と言うのは……どうにも補佐役と言う言葉に伴うイメージにはそぐわない気がする。
「補佐役?貴女がですか?」
雪飛さんも俺と同じような疑問を覚えたのか、質問を重ねる。
「ああそうさ。と言ってもハルもアンタも思っている通り、アタシは人に何かを教えるような柄じゃない。だから、実質的にはハルの護衛役と言う事になるだろうね」
「なるほ……う」
ワンスの言葉に俺は「なるほど」と言いたかったのだが、言い切る前に雪飛さんに睨まれて俺は口を噤む。
「求められているのは護衛だけじゃないですよね」
「まあね。男であるハルの元に女であるアタシを送り込み、しかも一つ屋根の下で同居をさせて、公私両方に渡って付き添う事を求めて来ているんだ。狙っているのは間違いない」
「バルバロさんはそれでいいんですか?」
「構わないね」
雪飛さんとワンスの間に火花のような物が散っているのが見えそうになるぐらいに部屋の空気が張り詰まっていく。
凄く……逃げ出したいです。本当に。
そんな事を思っていたためだろうか、二人の話をまともに聞いていなかった俺は、ワンスの起こした行動に反応することが出来なかった。
「だって、アタシ自身がハルとそう言う関係になりたいと思っているんだから」
「うわっ!?」
ワンスが椅子から立ち、俺の首の後ろに両腕を回す形で抱きつき、その胸を俺の左腕に押し付けてくると言う行動に。
え?いや、てかそう言う関係って!?補佐役ってことはもしかしなくても、え?いや待って、もしかしなくても今俺は誘われてるのか!?これが据え膳と言う物なのか!?え?え!?え!!?
「そう言う関係になりたい……って。本気なんですか?」
「本気も本気。出来れば今から二人で一緒に寝たいくらいだね」
「!?」
ワンスの発言に俺の頭が完全に沸騰する。
いやだってその、今までの会話から察するに此処で言う所の一緒に寝ると言うのは、つまり男女の……ゴニョゴニョ。
「と言うかアタシとハルが寝たって、別にアンタにチャンスがなくなるわけじゃないだろ?」
「……」
「ダイオークスの婚姻関係のルール上、ハルなら何人娶ろうが、子供を作ろうが、とやかく言われることは無い。その後にしたって、その気になれば片親でも立派に子供を育てられるように制度は整ってる。となれば後はアタシとハルの間の問題だろ」
「それは……そうだけど……」
「それとも何かい?同じ家の中でそう言う事をしてもらいたくないとか、ハルの事を自分一人で独占したいとか思っているのかい?だとしたら、前者はともかく、後者は勝手が過ぎるよ。選ぶのはハルだ」
「…………」
ワンスの発言で沸騰していた俺の頭が徐々に冷えて来て、現状……雪飛さんがこちらの事を思いっきり睨んでいるのと、ワンスが俺の頬に自身の頬を当てている事を理解し始める。
と言うか、場の空気がさらにギスギスしているんだけど……一体何が有ったし。
「私だって……」
「ん?」
雪飛さんが体を僅かに震わしながら、言葉を発し始める。
「私だってハル君とそう言う関係になりたいと思ってるんだから!」
「うわっ!?」
「へぇ……」
ワンスが抱きついているために、既に身動きが取れなくなっている俺の身体に対して、雪飛さんも抱きつき、体を密着させてくる。
すると当然ながら胸を含めた様々な部位が俺の身体に触れてくるわけで……いやまて、それ以前に今雪飛さんは何と言っていた?そう言う関係になりたい?そう言う関係ってのは話の流れから考えるに、ワンスが言っている関係と同じと言う事か!?え?それはつまり?え!?
再び俺の頭が沸騰して、何も考えられなくなっていく。
「今までは単純に踏ん切りがつかなかっただけで、機会さえあればって思ってたの!それを突然横から湧いてきたような貴女に邪魔されたくなんて無い!そもそも、好きでもない相手と、一ヶ月もの間同居し続けるなんて出来るわけないじゃない!」
「へぇ……言うじゃないかい。となるとアンタが気にしているのは、順番の方ってことかい?」
「そうだよ。別に他の子を愛さないでほしいなんて言うつもりはない。でも、だからと言って他の子に最初を渡す気なんて無いんだから」
「分かってはいるだろうけど、最終的に選ぶのはハルだよ。ハルの為にもその点だけは絶対に譲れない」
「そんな事は分かってる」
「「…………」」
気が付けば、俺の顔を挟む状態で二人は睨み合っていた。
えーと、とりあえず確かなのは、二人とも俺に対して好意を抱いていて、どちらが先に俺とその……とにかく順番でもめているって事だよな。
男としては間違いなく夢のような状況なんだろうな……あそこもしっかり反応しているし。
「ハル君……」
「ハル……」
「分かった」
何と言うか、此処まで明確に求められてしまったら、返すべき答えは一つしかなかった。




