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瘴海征くハルハノイ  作者: 栗木下
第1章【堅牢なる左】

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第37話「鳥と狼-1」

 俺と雪飛さんは第43層を、それぞれの手に普段より明らかに多めの食料を持って歩いていた。

 だが、普段よりも持っている荷物が多いにも関わらず、雪飛さんの表情は大変そうなものではなく、むしろ嬉しそうにしている。

 尤も、表情に関しては俺も人の事は言えないだろう。

 と言うのもだ。


「やっと基礎訓練が終わったね。ハル君」

「だな。これでやっと許可が貰える」

 一月に及ぶ俺と雪飛さんの基礎訓練が、今日無事に終わりを迎えたからである。

 いやー、ここまで本当に大変だった。

 俺は瘴気を吸収すれば身体能力が向上するからまだいいけど、雪飛さんにはそう言うのは無いもんな……三週目ぐらいから動きが良くなって、疲れる度合いも減っていたようだけど。


「ただ、ある意味ではこれでやっと最初の一歩目を踏み出すための準備が整っただけとも言えるんだよなぁ……」

「まあ、それはそうなんだけどね……」

 ただ勘違いしてはいけないのは、俺たちの目標は基礎訓練を終わらせることではなく、その先……直近では雪飛さんがこの世界に飛ばされた際に最初居た場所の調査であり、最終的には元の世界に帰る事であると言う点である。


「先は長いなぁ……」

「でも、だからこそ今日はたっぷり美味しい物を食べて、明日はしっかり休んで、英気を養うべきなんじゃない?ずっと走り続けてたら、どこかで倒れちゃうよ」

「それもそっか。じゃ、今晩の料理は雪飛さんの番だし、よろしく」

「うん。ハル君の好きな物を沢山作ってあげるね」

 尤も、雪飛さんの言うとおり、最終目標がどれだけ遠いのか分からない以上は、休むべき時にはしっかりと休むべきなんだろうな。

 なお、会話の内容がまるで恋人同士のそれのようにも聞こえるが、一月も一緒に暮らしていれば、お互いの好みぐらいは把握できるし、色々な点についての妥協点も見いだせると言うものである。


「と、そう言えば気になったんだけど、ハル君の特別訓練って何してたの?特別訓練の後はいつも疲れ切っている感じだったけど」

「あー、それね……」

 と、ここで話題は変わり、俺の特別訓練についての話になる。

 俺の特別訓練の内容は【堅牢なる左】に関する訓練だったわけだが……、ぶっちゃけ俺の意思で自由に発動できるようになってからは地獄のようになった。

 と言うのも教官であるサルモさんが要求してきたのが、どういう状況であっても安定して一定サイズ・強度の【堅牢なる左】を発動できるようにする事……つまりは感情のコントロール能力を求めてきたため、サルモさん相手にぶっ続けで何時間も模擬戦をやるなどの各種極限状況を体験させられたのである。

 ふふふふふ、おかげで【堅牢なる左】の大きさについては感情ではなく、自分の意思で大きさを変えられるようになったし、多少の殺気や敵意では動じないようになったけどな……ふふふふふ。

 なお、個人的に一番きつかったのはドクターが各種精神攻撃を仕掛ける中で、サルモさんから模擬戦で一本取れと言う物だった。

 ドクターの口撃が的確過ぎんだよ畜生!


「た、大変だったね。ハル君」

「まあ、外に出るにあたって強くなるのは、どれだけ強くなっておいても損になる事は無いと分かっていたから、何とかなったけどさ」

 俺の特別訓練の話を聞いた雪飛さんは俺の事を心の底から心配しているような顔をこちらに向けてくる。

 まあ、大変だった事は確かだけど、自分が強くなっている自覚は持てる訓練だったから、気持ちのいい部分もあったな。


「と、そう言う雪飛さんは?」

 で、俺の特別訓練について聞かれて気になったので、雪飛さんの特別訓練がどうだったのかを聞いてみる。


「えーと、私の方は一週目で特異体質の詳細を確かめて、二週目からは特異体質に合わせた瘴巨人の設計や試験が殆どだったかな」

「ん?それってもしかしなくても、雪飛さんに合わせて新しく瘴巨人を作ったって事?」

 だとしたら凄い話である。

 瘴巨人が一体につきどれだけするのかは分からないが、少なくとも外勤部隊の中で最もコストがかかっている部分には違いないだろう。

 だが、現実はもっと凄まじかった。


「えーとね。私に合わせて作ったのは間違いないんだけど、元々瘴巨人はパイロット一人一人に合わせて調整をするから、パイロットが一人増える度に新造する物らしいの」

「あれ?そうなんだ?」

「でもね。その場合だと設計図は殆ど既存のものと変わらないんだって。だけど、私の場合には特異体質の関係で、瘴巨人を作ってる職人さんたちの血が騒いじゃったらしくて、設計の時点から既存のものとはまるで違う物になったの」

「…………」

 俺は思わず閉口する他無かった。

 と言うのも、雪飛さんが言っている事を訳すならば、普通のパイロットたちがマイナーチェンジで済ませるところを根本から別の機体にして貰ったと言う事になるのだから。

 どれだけのコストがかかっているのかとか考えたくも無いな。


「私もビックリしちゃったけど、期待されているんだと思うと嬉しいよね」

「うん。まあ、そうだねー」

 とりあえずこの件に関しては、俺としてはこう言って流す他なかった。


「ん?あれ?」

 と、ここでようやく俺たちの視界に自宅が見えてきたのだが、そこで雪飛さんが変な声を上げる。

 どうやら俺たちの家の前に誰かが立っているようだった。

 俺たちは誰だと思いつつも家と、家の前に居る人物に近づいていく。


「あれは……」

 家の前に居る人物は女性だった。

 髪の毛は血のように赤い髪で、ポニーテールの形にまとめられており、傍には複数の箱が置かれていた。


「おっ、帰って来たか」

「どうして……どうして貴方が此処に居るんですか!」

 雪飛さんが声を荒げる中で、俺はこの一月少々の間に交わされた様々な会話ととある感触を思い出す事で、どうして彼女が此処に居るのかを考え、察し、色んな意味で諦めた。


「ワンス・バルバロ!」

 ああ、今すぐこの場から逃げ出したい。

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