第36話「会議室-2」
「では、定例塔長会議を始めるとしようか」
その日、ダイオークス中央塔第92層大会議室では定例会議が行われていた。
会議の議題はその時々のダイオークス内外の情勢によるが、今回の定例会議の議題は既に定まっている。
「それでは、まずは私からでよろしいかな?」
「構わんよ。26番塔塔長」
「彼らの動向についてなのだろう」
「我々も気になっている事だしな」
26番塔塔長オルク・コンダクトが手を挙げ、他の塔長たちも彼に早く話をするように促す。
「では、彼らのこの一月の間の行動についての報告をさせていただきましょう」
26番塔塔長が、手元の資料を他の塔長に見えるようにとモニターに映し出すと同時に話を始める。
話の内容は勿論、現在26番塔の外勤部隊にて基礎訓練を行っている真っ最中であるハルとトトリに関してである。
二人に関する話の内容は多岐にわたり、基礎訓練中の言動に始まり、二人の特異体質に関する各種検証の結果に加えて、休日の行動や二人が築き始めている交友関係についても、まるで自分の目で直接見てきたかのように、事細かに記されていた。
その細かさは、仮にこの資料の内容が二人に知られれば、ストーカー認定間違いなしと言い切れるほどだった。
「以上が、ここ一月の彼らの行動になります」
「ふうむ」
「なるほど」
「中々に面白い結果が出ておりますなぁ」
「確かにそうですな。いやはや、実に面白い」
尤も、此処に居る者たちにとって最も重要なのは、個人や家の尊厳やプライバシーではなく、ダイオークス全体の維持と繁栄であるために、そんな事を言う者は一人も居なかったが。
「しかし、こうなりますと今度の調査に二人を同行させないと言う選択肢は消えましたな」
話の流れは変わり、その内容はハルとトトリが26番塔外勤第1小隊と第3小隊に参加して行う予定の、トトリがこの世界に飛ばされて最初に居た部屋の調査についてとなる。
「確かに。これほどの実力者を外すのは、ただ調査隊全体の生存率を下げてしまうだけで、よろしくありませんな」
「旧市街にて観測された竜級ミアズマントについてはどうなっていますかな?」
「25番塔の外勤部隊から報告が上がっていると思うが、休眠状態に入っているとの事だ」
「では、縄張りに入ったり、無闇に刺激したりしなければ、今回の調査中は大丈夫そうですな」
「あの陣容なら狼級以下のミアズマントはどうとでもなるでしょうしなぁ……」
「となると、むしろ問題なのは熊級と悪魔級ですな」
「そちらについては事前に25番塔、26番塔、27番塔の三塔合同で対処をしておけばよろしいのでは?」
「わざわざ言われずとも、既にその方向で検討を進めておりますのでご安心を。バックアップや補給についても話は進めております」
「おお、それは心強い話ですな」
「では、細心の注意と警戒を払った上で、調査と、当該区域のミアズマント討伐を進めていくことに致しましょうか」
「「「異議無し」」」
予め内容がある程度決まっていた事もあった為に、話はとんとん拍子に進んでいき、細かい部分部分の擦り合わせをするだけで話は終わる。
「さて、ハル・ハノイ、トトリ・ユキトビ張本人と、彼らが行う調査についてはこのぐらいでいいとして……補佐役の選定についてはどうなっておりますのかな?」
そして、話が一通り終わったところで、今度は26番塔塔長が議題を変える。
「む……」
「う……」
「その話ですか……」
が、話を向けられた他の塔長たちの顔色は、半分以上が優れないものに変わり、明らかに口を濁し始める。
残りの塔長たちにしても、その顔に浮かんでいる表情の大半は笑みではなく、悩んでいるようなものだった。
そんな中で悩まし気ではあるものの、他の塔長よりは明るい表情をした一人の塔長……31番塔塔長が口を開く。
「一人は既に決定していて、装備も整っていますから、今度の調査にも同行させられるでしょうし、今すぐ向かわせることも可能でしょう。ただ、他の補佐役については諸事情から選考が難航しております」
「「「…………」」」
「ああなるほど。そう言う事ですか」
31番塔塔長の言葉と、他の塔長の顔色から、26番塔塔長は選考が難航している理由について悟る。
だが、難航するのも当然だろう。
ここで補佐役が出せなければ、今後ハルたちと接触を図る事は著しく難しくなり、それは現状だとどう換算してもそれぞれの塔にとっての不利益になるのだから。
むしろ、そんな状況であるにも関わらず一人既に内定している事を褒めるべきなのかもしれないなと、26番塔塔長は内心で笑みを浮かべる。
「まあ、彼らに受け入れてもらう事も考えると、出来る限り早くお願いしますとしか私の方からは言えませんな。なにせ、我が塔から出す人員については既に決まっております故」
「そうですな。出来る限り急いで貰いましょう。後になればなるほど、彼らにとっては突然送り付けられたような感覚を覚えるでしょうしな」
「「「…………」」」
26番塔塔長と31番塔塔長の二人はお互いに視線を交わすと、他の塔長たちに聞こえるようにそう言って、言外のプレッシャーをかける。
それぞれの塔の利益も大切なのは分かるが、それでもっと重要な物を逃してもよろしいのかなと言うプレッシャーを。
「では、この場でのこの話はこれぐらいにして、次の議題に移りましょうか」
「そうですな。それがよろしいでしょう」
そうして、次の議題が提起された。