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瘴海征くハルハノイ  作者: 栗木下
第1章【堅牢なる左】
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第34話「基礎訓練-7」

「はぁ……」

 昼休みには少し早い時刻。

 俺は第一層に用意されたフードコートの中で、元々人影がまばらでもあるにもかかわらず隅の方の席に座って溜め息を吐いていた。

 原因は言うまでもない。

 ここまでの特別訓練の成果が芳しくなかったからだ。


「まさか、発動するための手掛かりの欠片すら掴めないとは……」

 勿論、どうやれば【堅牢なる左】が発動するかも分からない現状なので、模擬戦の状況を再現する以外にも色々とやっては見た。

 それこそ多少どころではなく恥ずかしくは有ったが、【堅牢なる左】と言う名前を大声で叫んでみたりもした。

 が、結局どうやっても発動は出来ず、サルモさんから『完璧に行き詰っているようだし、少し気分転換でもして来い』と言う事になってしまい、今の状況である。

 そうやって溜め息を吐いている時だった。


「おっ、『救世主(メシア)』様。こんなところで何してんだ?」

「うおっ!?」

 ワンスさんの声がすると共に、俺の後頭部に柔らかい何かが当たったのは。


「わざわざ、こんな隅の方に座ったりしてさ。何か有ったのか?」

 ワンスさんの手が俺の首の横を通って胸の前に来る。

 と、同時に頭の上に人の顎のような形をしたものが乗せられ、そこからワンスさんの声が聞こえてくる。

 え?てか、これってさ……普通の人体の位置関係から考えるに、今俺の後頭部に当たっている柔らかいものってさ……もしかしなくても……アレですか?


「…………」

「ん?おーい、『救世主』様。アタシの事何無視してんだー」

 その事に気づいた瞬間、俺は自分の全身が凍り付くのを感じた。

 ワンスさんが俺に何かしらの反応を求めているようだが、反応できるわけが無かった。

 いやだってその、今俺の後頭部に当たっているワンスさんの身体の部分は頭の下、両腕の間、腹より上に有るあの部分の事でして、服越しでも他の部分より格別に柔らかいのが分かるだけでなく、何だか良い匂いがしてきて……


「おい。いい加減反応しろっての」

「はっ!?」

 俺は腕をつねられる感触で我に帰るが、その際に頭が動いたために後頭部に感じる物が……って、いかん!


「だああぁぁ!とりあえずワンスさん離れて!」

「お、おう?」

 全精力をもって俺は後頭部から脳髄の奥底まで侵食しようとする魔性の誘惑を断ち切ると、ワンスさんに離れるように言い、俺の言い方に流石のワンスさんも気圧されたのか、素直に離れてくれる。

 よかった。これで拒否されて、密着度合いを上げられたりしたら、帰ってこれなくなるところだった……危ない危ない。


「で、ワンスさんはどうして此処に?ワンスさんは31番塔の人間でしょう」

 俺から離れたワンスさんは、向かいの席に座ると、直ぐそこのフードコートの方で買ってきたと思しきサンドイッチを食べ始める。

 で、俺としてはどうしてここにワンスさんが居るのかという理由が分からなかったので尋ねてみたのだが……。


「もぐもぐ……アタシの事を“ワンス”って呼び捨てにしてくれたら教えてやるけど?後、出来れば敬語みたいなのもやめてほしいな。アタシはそう言うのが嫌いなんだ」

「はぁ?ワンスさ……」

「呼び捨て」

「…………」

 どうやら、呼び捨てにしないと話が進まないらしい。

 女性の名前を呼び捨てにするのって、結構抵抗が有るんだけどなぁ……。

 それに、ワンスさんが纏っている雰囲気にしても、前回会った時とはまるで違うし、一体何が有ったんだか。

 まあ、話を進めるためにはしょうがないか。


「ワンスはどうして26番塔の第1層なんていう場所に居るんだ?ここはこの前の入隊試験の時のような特別な場合じゃないと来ない場所だろ」

「アタシが此処に来たのは、簡単に言ってしまえば手続きと顔合わせだな。詳しい内容については守秘事項だから話せないが」

「ふうん……」

 ワンスさ……慣れるためにも、心の中でも呼び捨てにしておくか。

 ワンスは手続きと顔合わせの為に26番塔に来た……ねぇ。

 もしかしなくても、31番塔と26番塔の間で何かが有ったと言うか、行われるのか?それなら顔合わせと言う言葉にも納得がいく。


「で、『救世主』様はどうしてあんなに落ち込んでたんだ?」

「その前に、その『救世主』様ってのは止めてくれ。肌がむず痒くなる」

「じゃあ、ハルでいいか?お互いに呼び捨ての方が楽だろうしな」

「よろしく」

 ワンスが俺に質問をしてくるが、先程の意趣返しも兼ねて名前で呼ぶように俺は頼んでみたのだが、ワンスは躊躇いなくそれを受け入れてくれる。

 よかった、よかった。

 『救世主』様だなんて、事情を知っている者同士ならともかく、知らない相手に聞かれたりしたら恥ずかしいどころじゃないしな。


「じゃあ、ハル。ハルはどうしてあんなに落ち込んでいたんだ?」

「あー、それなんだが……」

 そして俺は先程までやっていた特別訓練についての話をする。

 これは特別訓練については特に秘匿事項でもないし、【堅牢なる左】にしてもワンスはあの試験の時に見ていたはずなので、話しても問題ないだろうと言う判断である。

 後、少しでも情報と言うか、手掛かりが欲しかったと言うのもあるし、ワンスの性格からいって状況を恣意的に悪い方へ動かしたりはしないだろうと、考えたと言う事もある。


「ふうん。なるほど……」

「ワンスは何か思いついたりするか?」

「そうだな……じゃあ」

 だからこそ、ワンスがこの直後に行った行動には予想外とも言える行動だった。


「こんなのはどうだ!」

「っつ!?」

『感情値の閾値突破を確認しました。プログラム・ハルハノイOSを起動します』

 最初に感じたのは全身の皮膚を鋭い刃で突き刺すような威圧感……殺気。

 次に俺の視界を埋め尽くすように、机の上に乗ったワンスの拳が、俺の顔面に向かって伸びてくるのが見えた。

 そんなワンスの行動に俺の身体は半ば反射的に反応。

 全身が戦闘態勢に入るのと同時に、迎撃をしろと精神が一瞬にて高揚し、ワンスの拳を受けるべく左腕を上げようとする。


『プログラム【堅牢なる左】Ver.Lの起動準備完了』

 だが、左腕が上がり始める前に、俺の中と周囲から何かが吸い上げられ、その何かによって構成された見えない何かが左腕に纏われるのを感じる。

 それが【堅牢なる左】であることは直ぐに分かった。

 と、同時に、この場でそれを放ってしまえばワンスにも、周囲にも多大な被害を与えてしまう事も分かった。


「ぐうっ!?」

『【堅牢なる左】強制中断。解除します』

 故に俺はワンスの拳が俺の顔面に突き刺さるのを覚悟して目を閉じつつ、意思の力でもって左腕に纏われたそれを霧散させる。

 だが左腕自体は既に勢いがついていたために止まる事は無かった。


「ん?」

「あっ……」

 そして、ワンスの拳が俺の顔の前で寸止めされたのを空気の圧で俺が感じた時。

 俺の左手は妙に柔らかい何かを掴んでいた。

ハルもげ、ハルばく!ハルヘタレ!!


03/26誤字訂正

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