第338話「MEx-3」
「『千羅理頭无曼荼羅』とは」
変態が人間には取れそうで取れないポーズを取りながら叫ぶ。
「俺が創った多次元間貿易会社コンプレックスの営業の成果として手に入れた三千世界の物品、力、縁故、その他諸々を結集して造られた対『森羅狂象』用の四次元結界であると同時に、チラリズムの奥義、真髄、極地を表現したものである。それはすなわち究極の煩悩、雑念であると同時に悟りでもある。勿論、チラリズムを表した曼荼羅である以上は全ての要素が噛み合い、完全となってはいけず、破綻しそうでしないような状態を保つ必要が有る為、『森羅狂象』の影響を排してもナノセカンド単位で全ての星々に匹敵する数の要素を一部の狂いも無く、内部から術者が調整する必要が有る。だが、この要素は絶対に必要である。何故ならば、そこには術者の限界を超えそうで超えないと言うチラリズムが発生するからである。仮に発動直後に完成し以後の調整を必要としない三次元的な曼荼羅を作ってしまった場合、それは四次元化によるアドバンテージ以前の問題としてチラリズムを表した曼荼羅でありながら……」
『……』
うん、とりあえずマトモに聞いてはいけない説明だな。
インサニティはマトモに聞いてしまって、若干フリーズしてしまっているが。
まあ、俺への注意心は薄れていないので、攻撃は仕掛けられないが。
「また、要素Xを……」
「早い話が……」
と、その時だった。
「変態が貴方を相手取るためだけに造った最高位の結界と言う事です」
『っつ!?』
インサニティの背後に、夜が明ける直前の空を押し固めたような色合いの片刃剣を握り、真横に腕を伸ばしたウスヤミさんが現れる。
ただのその刃はインサニティに向いていなかった。
「御覚悟を」
『ウスヤミ!?』
ウスヤミさんが刃を返し、インサニティを切りつけようとする。
が、インサニティは跳躍し、ウスヤミさんの剣は虚空を斬るだけに終わった。
はずだった。
『ぐっ!?』
「『狂夜結界……」
インサニティの首の後ろから僅かではあるが血が噴き出る。
ああなるほど、インサニティの背後に現れた時点で既に剣を一閃していたのか。
そして、ウスヤミさんは今それを認識させた。
それは本当の剣の達人にしか出来ないような妙技だ。
『しまっ!?』
だが、そんなものは続く一撃の準備に過ぎなかった。
「なっ!?」
「おいおい……」
気が付けば、俺たちが居る空間は曼荼羅内側の世界ではなく、赤い満月と無数の星々で彩られた夜空のような世界に切り替わっていた。
「ミキサー』」
そして、空間の端……結界の境界部分で夜空が形を歪め、無数の刃を形成。
と同時に無数の星々の煌きが線のように見えるような速さでもって回転しながら、急速に収縮を始める。
「げっ……あれ?」
俺は慌てて自らの身を守ろうとする……が、刃は俺も変態もエブリラも、術者であるウスヤミさん自身もすり抜けて更に収縮していき……
『グギャ!?』
インサニティだけを切り刻み、磨り潰し、押し潰した。
「心配しなくとも、私の結界が捕えるのは私が傷つけた存在だけです」
「な、なるほど……」
「なんてエグイ能力……」
……。
ウスヤミさんの言う通りなら、今の『狂夜結界』とやらが捉えるのはインサニティだけという事か……なんという反則的な能力だ。
普通の存在ならどう足掻いても即死だぞ。
いやまあ、普通の存在なら最初の剣で首を刎ねられてお終いなんだろうけど。
「みんな、お膳立てありがとねー」
だが、インサニティへの追撃はまだ終わらない。
ウスヤミさんの結界が限界まで収束した直後だ。
「混沌回帰砲発射!」
「なっ!?」
エブリラの声が聞こえるのと同時に、ウスヤミさんの結界を飲み込むように真っ黒な光線が放たれ、結界が有った場所を中心として幾度の爆発が起き、俺たちが居るこの空間全体が大抵の金属ならば一瞬で蒸発するような爆風と閃光で満たされる。
「ゲホゲホッ」
「ハル、大丈夫かい?」
「問題ない。ワンスは?」
「アタシも大丈夫だよ」
「ならよかった」
やがて爆風と閃光が止み、空間は爆煙で満たされる。
俺の身体は……体表の鱗が幾らか溶けた程度か。
まあ、この程度なら【堂々たる前】ですぐ治るな。
「さて、ウスヤミさんたちは……」
「まったく。この規模の大技を撃つなら、事前に言っておいてほしい物です」
「まったくだな。攻撃が有効に効きそうで効かない領域を見定めるので随分と興奮した」
「あはははは、二人なら直撃しても大丈夫だったと思うけどね」
「問題なしか」
「みたいだね」
そして爆煙がゆっくりと晴れていく。
ああうん、撃った張本人であるエブリラは勿論の事、ウスヤミさんも変態も多少服が汚れた程度で、何の問題もないみたいだな。
俺が耐えられている時点で大丈夫だろうとは思っていたけど。
後、変態は少し自重しろ。
「で、やったと思うか?」
「まさか、この程度で終わるなら、あの時に滅ぼせてるよ」
「多く見積もってもあの方の十分の一ちょっとの存在です。この程度で終わるほど甘くはありません」
「ま、そうだよな」
で、インサニティについてはウスヤミさんたちが警戒を解いていない時点で考えるまでもないな。
まだ生きているのだ。
あれほどの攻撃を受けたにもかかわらず。
「と言うわけで出てこいよ。インサニティ。どうせ大したダメージになってないんだろ」
『ふん……』
空間に残っていた煙を一掃しながらインサニティが現れる。
『意趣返しをさせる気も無いとはつまらんな』
その姿はウスヤミさんの結界に包まれる前とは少し異なり、蘇芳色の生地を主体として大量の飾りを付けたドレスのような物を身に着けており、頭からは六本の角を生やしていた。
それは、何処となくこの空間の最初、海底にあった門に描かれていた龍の角を思わせる姿だった。
とりあえず社長が使うならチラリズムは万能。
『千羅理頭无曼荼羅』は超凄い結界と思っておけば問題ないです。
01/24誤字訂正




