第336話「MEx-1」
世界が光に包まれ、視界が白一色に染め上げられる。
音が飛び、臭いも肌の感覚も無くなり、魔力すらも感じ取れなくなる。
何も分からない。
何も感じない。
「お疲れ様ー」
だがそんな世界であるにも関わらず、その存在の発した言葉だけははっきりと俺の耳に届いた。
「っつ!?」
そして届いたが故に俺は身体を動かしている感覚もマトモに感じ取れない中、身体を動かし、自身の右後方から迫るそれに対して【堅牢なる左】を向けようとする。
「ハルハノイ」
「来たか『神喰らい』……」
【堅牢なる左】の力場を貫いて何かが俺の左腕に衝突。
その衝撃波によって世界が色を、音を、全てを取り戻す。
「へぇ……私の攻撃を防ぐんだぁ……」
「エブリラ=エクリプス!」
世界が元に戻った時、門『守護者』が居た場所には巨大な穴のような物が広がっており、その先には混沌としか評しようのない色合いの空間が広がっていた。
そして、俺の左腕の前には、俺から見れば針のようにしか見えない大きさの槍を左腕に突き刺した橙髪から黄色い角を一対生やしたオッドアイの女性……『神喰らい』エブリラ=エクリプスが立っていた。
「ぶっ飛ばす!」
「おっと」
このタイミングで『神喰らい』がやって来る事は変態から聞かされていたし、俺もそう思っていた。
だから俺は『神喰らい』に向けて全力で【苛烈なる右】を振るおうとする。
「そんな危ない物をお母さんに向けないで欲しいのニャー」
「っつ!?」
だが、爪を振るおうとした瞬間。
蘇芳色の鎧を身に纏った『神喰らい』は既に俺の眼前に移動し、右手を俺に向けて伸ばしていた。
「お仕置きだニャー」
「!?」
『ハル君!?』
『ハル様!?』
俺の身体が大きく吹き飛ばされる。
だが殴られたわけでは無い。
ただ『神喰らい』に額をデコピンされただけだ。
にも関わらず、俺の身体は軽く数km先まで吹き飛ばされるような勢いでもって宙を舞っていた。
「ハル!」
「大丈夫だ!」
これが『神喰らい』の力。
あの変態と肩を並べるような存在の有する力。
なるほど圧倒的だ。
まるで相手になりそうにない。
おまけに、穴の中からは既に『守護者』によって封印されていた力がこちらに漏れ始めているようで、残されている時間はそう多くなさそうだった。
となればやはり、変態の計画に乗るしかなさそうだな。
「【威風なる後】!」
「!?」
俺は吹き飛ばされる自分の身体は無視して、『神喰らい』に向けて全力の【威風なる後】を発動させる。
「こんな物が……」
一瞬。
ほんの一瞬だが、『神喰らい』の動きが止まる。
だがその一瞬で状況は幾らでも変えられる。
「ナイスだハルハノイ」
「良くやりました」
正にこの瞬間に現れた二人……チラリズム=コンプレークスとウスヤミさんの二人にかかれば。
「ふんっ!」
「はっ!」
「っつ!?」
変態が大剣を、ウスヤミさんが片刃の剣を二手に分かれて振るい、『神喰らい』はそれを槍と小手でガード。
そのままつばぜり合いのような状態へと移行する。
「ニャハハハハ、二人とも早いお付きでー」
「俺たちより速く来ている分際で何を言っているんだか」
「まったくです。私はともかく、一体どうやってこの変態よりも先に着いたのですか?」
「それは……」
三人が会話をする中、『トリコテセン』と『シクスティ』は急いでその場から離れ、俺は三人に向けて近づいていく。
『ハル君。頑張ってね』
『後は任せた』
『御無事を祈ってます』
『よろしくねハル様』
『頑張ってください』
『ワンス様もお気を付けて』
『頼んだのじゃ』
『黒ドラゴンも白狼も頑張ってくるのね』
『気を付けろよ』
そして、『神喰らい』の背中が膨れ上がるのが見えた時に『トリコテセン』たちとすれ違い……
「ああ、任せておけ」
「任せておきな」
スピードを落とさずに僅かに言葉を交わすとそのまま背中から黒と白の翼を生やした『神喰らい』の元に向かい……
「【堅牢なる左】!」
つばぜり合いを続けている三人を纏めて殴るように【堅牢なる左】を振るう。
「危なっ!?」
「っと」
「!?」
「吹き……」
勿論、変態とウスヤミさんは難なく躱すが、二人によって攻撃が当たる直前まで動けなかった『神喰らい』に俺の攻撃を避ける術はなかった。
「飛べ!」
『神喰らい』に俺の拳が当たり、吹き飛ぶ。
「グッジョブだニャー。ハルハノイ」
だが吹き飛んだ『神喰らい』の顔に浮かんでいるのは苦悶の表情では無く笑顔。
何故か?
吹き飛んだ先にあるのは門『守護者』が居た場所に開かれている穴だったからだ。
そう、『神喰らい』が行こうとしていた場所だったからだ。
「しまっ!?」
だから俺はやってしまったと言う表情を作る。
「おいでませー」
「ちいっ!?」
「なんてことを!?」
『神喰らい』の身体が穴の中に入る。
そして、それを追い掛ける様に変態とウスヤミさんも穴の中へと向かう。
俺も『神喰らい』を追いかけて、穴の中へと向かう。
「『狂悪者』お母様」
そうして俺が穴の中に入った瞬間。
『神喰らい』の翼の片方……黒い翼から何かが抜け出て、あらゆる色が混ざりあっては分離する異常な色彩の空間の中央へと向かって行く。
その先に有るのは?
「くそっ!間に合え!」
「させないのニャー!」
赤い半透明の水晶。
ただし、その中心部にある何かを捉える事は俺の目では出来なかった。
その一方で、変態とウスヤミさんは何かを止めようと、焦ったような様子で攻撃を仕掛けるが、その攻撃は悉く『神喰らい』によって防がれてしまう。
そして、俺が何かをする暇も無く水晶に何かが入り込み……
「さてとだ」
「ここまでは計画通りってところだね」
「そのようですね」
「……」
その瞬間には変態も『神喰らい』もウスヤミさんも戦いを止め、水晶に向けてそれぞれに構えを取っていた。