第330話「M6-10」
「さて……」
俺は掴んでいた『崩落猿』の両手を左手は分解し、右手はその場に投げ捨てると、立坑の最奥にある門へと目を向ける。
「エイリアス。門はどうなっている?」
『んー、入口と同じで封印が掛けられているのね。で、この先に『虚空還し』が居るのね』
「封印か……」
灰色の門の大きさはだいたい直径が1kmと言ったところか。
材質はただの岩のようだが……まあ、見た目以上に頑丈で、壊すのはまず無理なんだろうな。
で、エイリアス曰く、入り口の門と同じで『守護者』によって封印されているそうだ。
「封印の解除は出来そうか?」
『解除は……たぶん、必要ないのね』
「ん?ああ、そうみたいだな」
エイリアスがそう言ったところで俺も灰色の門に改めて視線を向ける。
すると、灰色の門は中心を通る線で二分され、少しずつ左右へとスライドし始めていた。
「準備が整ったから……と言う訳では無さそうだね」
誰が開けているのかを論じる必要は無い。
決まり切っているからだ。
が、何故開けたのかを考える必要はある。
「だろうな。『崩落猿』がやられたからと言って、わざわざ『守護者』が俺たちを通す意味はない」
では何故開けたのか。
ワンスの言うように、準備が整ったからではない。
『守護者』にしてみれば、俺たちが『崩落猿』を倒そうが倒せなかろうが、自分の居る領域に到達できなければ勝ちなのだ。
つまり、俺たちに門を超える能力が無ければ、戦う準備をする必要も無い。
なのに開けると言う事は……
「エイリアスの言うとおり、この先に『虚空還し』が居るんだろうな。で、この門は無理矢理突破されるよりかは素直に通した方が良いと判断した。ってところか」
「ああ、なるほど。アタシたちが暴れたり、無理矢理破ろうとして、『虚空還し』の守っているものを刺激して欲しくないってことなんだね」
まあ、ワンスの言う通りなんだろうな。
『守護者』は危険な何かを守っている。
その危険な何かはウスヤミさんたちが『クラーレ』に入って来れない原因にもなっているような物であり、無闇に刺激するべきでないものだ。
だから、俺たちが門を攻撃して無理矢理突破するよりかはと言う事なんだろうな。
「さて、開き切るな」
そうしているうちに灰色の門が開き切り、その先に真っ暗闇の空間が広がっているのが視界に入ってくる。
そして、門の動きが止まった瞬間……
「っつ!?」
「えっ!?」
『『『!?』』』
門の先にだけあったはずの暗闇は俺たちが居る空間にまで広がり、俺たちの視界は黒で塗りつぶされていた。
『対暗黒装備用意!各自状況報告!』
俺は【竜頭なる上】の可視領域を赤外線方向に大きく移動させると、周囲の状況を確認する。
「これは……砂か?」
足元は砂地だ。
白い砂がどこまでも続いており、地平線は存在していない。
うん、これだけでも特殊な空間である事は確定だな。
つまりは変態が俺を訓練する時に使った空間と同じで、真っ平らな空間と言う事なのだから。
『照明を付けます』
『トリコテセン』と瘴巨人たちから照明が発せられ、周囲の暗闇が多少払われる。
で、その間に俺は全身の感覚器で周囲の状況を確かめ続けるわけだが……ふむ、どうやら周囲は相変わらず水で満たされているらしい。
ただ、通常の海水よりも粘度が高い感じがする。
ついでに言えば、足元の砂も妙にまとわりつく感じがするな。
そして、水圧は深さ数千m級の深海と同程度で、気温……いや、水温も同程度に冷たい。
「まるで死の世界だね」
「だな」
ワンスがポツリと漏らした言葉に俺はそう返すほかなかった。
此処には光も無い、音も無い、熱も無い。
『レーダーに反応は?』
『今のところはありません』
となれば当然ここには命も無く、意思も無く、他者と言うものも無かった。
『全機、警戒を緩めないように。此処は既に敵の本丸です。何時何処から攻撃が仕掛けられてもおかしくはありません』
『『『了解』』』
どうしてこのような世界にこの場がなっているのか……まあ、考えるまでもない。
これが『守護者』にとっての理想だからだ。
そうだ。確かにこんな世界ならば、自分が守るものが害されることはないだろう。
何せ、自分以外誰も居ないのだから。
自分が守るものを害そうと思わなければ、何も起こらないのだから。
「……来たか」
と、ここで俺の【竜頭なる上】がこちらに向かって近づくものの存在を感知する。
『レーダーに感有……何だこれは!?』
俺の反応から一瞬遅れて、他の皆もその存在を感知し、そちらの方を向く。
そして、現れたものの姿を見て、大いに驚く。
「「……」」
そこに居たのは一人の少女。
髪は茶色く、ゆっくりと海中でなびいていた。
肌は青白く、唇はそれ以上に青く、生気は一切存在していなかった。
服は所謂ゴシックドレスに近かったが、黒と蘇芳色の布地に、黄金色の金属パーツを組み合わせたそれは鎧のようにも見えた。
瞳は人のそれでは無く、龍のそれに近いと感じる黄金色の虹彩と縦長の瞳孔を持つものだった。
その身は半透明であり、一見すれば幽霊のように見えたが、確かな質量を有する形でそこにいた。
だが最も特筆すべきはその大きさ。
俺たちの前に現れた少女……『守護者』は、低く見積もって身長が800mは有り、巨人と称すほかない大きさだった。
「よう、気分はどうだい?グランマ」
「……」
俺は『守護者』に向けて挑発を行う。
それに対して『守護者』は拳を握りしめ……
「最悪に決まっている」
殴り掛かってきた。