第328話「M6-8」
『ヴボウッ!』
「ふんっ!」
俺を挟み込むように『崩落猿』の操るプレス機が起動する。
が、俺は左腕と尻尾を伸ばす事によって、プレスするために用意された二枚の金属板を止める。
そして、そこからさらに伸ばす事によってプレスを行うための機構を破壊する。
「いい加減くたばれ!」
『ヴボッ』
俺はプレスの機構を破壊すると同時に、『崩落猿』が居るであろう場所に向けて【苛烈なる右】を振るう。
が、俺の爪が届き、プレス機全体が分解され始めるよりも一瞬早く『崩落猿』は離脱。
立坑の更に奥に向けて逃げていく。
「ちっ、またか……」
俺は舌打ちをしながらも、奥に進むべく姿勢を整え直す。
「ハル。分かっているだろうけど……」
「ボソッ……(心配しなくてもフリだけだ)」
ワンスの言葉に小声で答えながら、俺はゆっくりと立坑の中を降下し始める。
「ボソボソッ……(流石に三度も同じレベルで、違う系統の攻撃を仕掛けられたら、相手の意図ぐらいは嫌でも分かる)」
「ボソッ……(ならいいけど……)」
そう、今のプレス機で三機目だ。
杭打機に始まり、少し前の全身掘削機、先程のプレス機と『崩落猿』は操る身体を変えてこちらに攻撃を仕掛けてきている。
だが今の所、『崩落猿』の操る機体は最低限の能力行使でどうにかできる程度の物しか来ておらず、一切の被害なく立坑の中を『守護者』の元に向けて進むことが出来ている。
「ボソッ……(トトリたちも分かっているとは思うが……)」
『ボソッ……(心配しなくても、もう見せたのしか使わないよ)』
そう、俺たちは確実に奥に進んでいるのだ。
にも関わらず『崩落猿』に慌てた様子が無く、『崩落猿』以外にミアズマントが居ないのは、何かしらの理由があるからに違いない。
『しかし厄介な相手だな……』
『まったくだ。何が出て来るのかまるで予想できない』
理由……恐らく『崩落猿』の役目は、俺たちの戦力や能力を探る事なのだろう。
だから、『崩落猿』の為に『守護者』は幾つもの機体を準備しているのだし、この立坑の入り口部分で大量のミアズマントが一撃で吹き飛ばされたのを見て、『崩落猿』以外のミアズマントを置いていないのだろう。
これはほぼ間違いない。
『ブボオオォォウ!』
「次が来たか」
「ミンチメーカー……ってところだね」
口の中に細かい刃が幾つも並び、高速で回転している機体に乗り込んだ『崩落猿』が俺たちの前に現れる。
そして、そいつはゆっくりと、けれど確実に俺たちの方に向けて、少しずつ迫ってくる。
『崩落猿』の本体は……機体の裏側に居るな。
が、俺の【威風なる後】を当てようとすれば、即座に逃げ出すだけだろう。
『ヴボッ!ヴボッ!ヴボッ!』
「ハル」
「分かってる」
そうだ。『守護者』が『崩落猿』に与えた役目は言うなれば、捨て駒役だ。
だが、『崩落猿』には死ぬ気はない。
『崩落猿』は俺たち全員を殺して、生き延びる気でいる。
それが俺にはこの上なく恐ろしい。
命を投げ捨てる気の相手ならば、【苛烈なる右】の力場を一度当てればそれでおしまいだが、『崩落猿』ならば、力場に触れた瞬間に触れた部分の身体を切り捨てるぐらいは普通に決断して見せるだろう。
そして俺たちが『崩落猿』を格下だと舐めて油断すれば、その隙を突いてこちらの喉笛を食いちぎるなり、首を折るなりしてみせるだろう。
故に恐ろしい。
ただ力が強大なだけの巨人級たちよりも、はるかに『崩落猿』のが恐ろしい。
『ヴボオオォォ!』
「ふん!」
だが怯むわけにはいかない。
俺は力場を重ねて防御を重ねると、自ら刃の渦の中に両手を突き入れる。
『ヴボッ!?』
「消し飛べ!」
そして、表皮が僅かに削られるのと引き換えに、【苛烈なる右】の力場を展開。
一気に『崩落猿』の操る機体を分解する。
『ヴッ』
勿論、これまで逃げ延びてきた『崩落猿』だ。
俺の力場が機体を侵食し始めた瞬間には、もう機体から分離し、立坑の奥に向けて逃走を始めている。
だがわざわざそれを見逃す必要は無い。
『全門斉射!』
『全機突撃!』
「【威風なる後】!」
既に見せた『トリコテセン』の副砲が、『シクスティ』のソードビットが、俺の【威風なる後】の圧力場が『崩落猿』に向けて殺到する。
『ヴボボオォォウ!』
「これでも避けるのか!?」
『嘘っ!?』
『つくづく出鱈目な個体なのじゃ……』
だが、『崩落猿』は四肢から大量の水流を噴き出す事によって、巧みに軌道を変え、縦横無尽に立坑の中を飛び回りつつ、俺たちが放った攻撃の全てを見事に回避してみせる。
そのあまりにも出鱈目な回避能力に、俺たちは足を止めてはいけないと分かっていつつも、思わず足を止めてしまう。
『ヴボオォォ……』
「くそっ、次のが来るな」
そして、その間に『崩落猿』は立坑の奥へと消えてしまう。
これはもう、次の機体との結合を完了させたとみて間違いないだろう。
『ハル様、追いましょう。前にしか道はありません』
「言われなくても」
俺たちはゆっくりと警戒しながら立坑の奥へと進んでいく。
「コイツは……」
そうして進むうちに見えてきたのは、今までの立坑とは違う球形に大きく広がった空間。
『ヴボッ』
「終点……って事か」
その奥にあるのは、元々の自身の肉体を巨大化させたような機体に乗り込み、灰色の門の前で腕を組む『崩落猿』の姿。
「悪いが俺たちはお前の後ろに用があるんでな。そこを……」
俺を先頭として、『トリコテセン』たちも球形の空間の中に入り、攻撃の為の陣形をとる。
やがて、こちらの展開が終わったところで『崩落猿』も腕組みを止め、構えを取る。
「通してもらうぞ!」
『ヴボアアアアァァァ!!』
そして、『崩落猿』の咆哮と共に戦いは始まった。
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