第326話「M6-6」
『おおっ……』
誰が漏らしたのかは分からないが、感嘆の溜め息のようなものが無線機から聞こえてくる。
だが、そんな声を漏らしても仕方がない程に目の前の光景は圧倒的な物だった。
「これは……」
「なるほどな」
そう、『シクスティ』が門に触れると同時に、門の一部……六枚の翼と六本の角が色取り取りの光を放ちながら輝きだし、龍と逆十字の輪郭を描くように光が明滅を繰り返し始めていた。
それはまるで、門に描かれた龍の鼓動を表すような明滅の仕方であり、翼と角の光は龍の感情を示すようだった。
が、実際には光の明滅も変化も絵の龍が起こしているわけでは無い。
『シクスティ』の内部に居るロノヲニトとトトリが扉に向けて様々なパターンの魔力を放っており、その結果として絵の龍に変化が生じているのである。
では何故、そんな変化を生じさせる必要が有るのか。
「魔力のパターンを鍵として利用しているのか」
それは目の前の門を開くためには特定パターンの魔力を流す必要が有るからに他ならない。
「鍵……ね。しかしこれだけ複雑な変化を起こすって事は……」
「ああ、かなり複雑な鍵で、しかも複数なんだと思う」
詳しい仕掛けは分からないが、目の前で起きている変化からして、門を開くための鍵は複雑な魔力パターンの鍵を複数、順々に填めていく必要が有るのだろう。
そして恐らくは、一度でも挿し込む鍵を間違えてしまえば、良くて最初からやり直し、悪ければ扉に間違った鍵を挿し込んだ者に対するカウンターが、最悪のパターンは……扉の周辺一帯に居る者全てを殲滅するような何かが飛んでくると言ったところか。
実際、『守護者』がこの門を造った理由からして、自分が開ける時の事を考える必要は殆ど無いだろうしな。
もしかしなくても、『守護者』ぐらいなら瞬間移動能力ぐらいは持っているだろうし。
「と、付き始めたな」
「そうだね」
やがて、正しい鍵が填まった事を示すように、翼や角が放つ光が固定され始める。
と同時に、門の向こう側の空間について、今まで一切感知できなかったのが、僅かではあるが俺の【竜頭なる上】が感知を始める。
うーん、もしかしたらこれ、門が開く魔力パターンが複数あって、そのパターンごとに繋がる先の空間が違うって形だったのか?
となると、こちらにはエイリアスが居るから大丈夫だろうが、もしもエイリアスが居なかったら……うん、想像したくも無い状況になっていた事は難くないな。
膨大な時間と犠牲を払った上で開いた扉の先がハズレの空間に繋がっているとか、心が折れるなんてものじゃない。
「ん……?」
「どうしたんだい?ハル?」
「あー、扉の先が……な」
で、扉の先を僅かに感知できたので、少々詳しく探ってみようとしたのだが……
「これは……洞窟……いや、向きからして立坑と言うべきか?」
「つまり、直ぐに『虚空還し』が居る場所に出るわけじゃないんだね」
「ああ、どうにもそうっぽいな」
どうやら扉の先は岩盤を掘ったような立坑が続いており、まだまだ潜る必要が有ると言う事が分かるだけだった。
いやまあ、今の時点でも居る事が分かるような巨大ミアズマントが、扉のすぐ向こうには居ない事が分かっただけでも僥倖なのだが。
『こちらトトリ・ユキトビ。全員に通達します。もうすぐ門が開きますので、全員準備を整えておいて下さい』
「と、来たか」
トトリの報告を受け、俺たちは全員何が起きてもいいように身構える。
それこそ門の向こう側からの攻撃だけでなく、周囲の海中に屯し続けているミアズマントたちからの攻撃も警戒する形でだ。
『カウントダウン開始します。3……2……1……』
「っつ!?」
そしてトトリがカウントダウンし始めた時だった。
トトリのカウントダウンよりも一瞬早く扉が開き始め、俺は扉の向こう側にあるそれを感じ取る。
「【威風なる後】!」
『『!?』』
俺は予め待機させていた【威風なる後】を起動。
咄嗟にトトリとロノヲニトの乗る『シクスティ』を斜め前へ向けて吹き飛ばす。
そして、『シクスティ』が移動した一瞬後に、『シクスティ』が居た場所を通過するのは、先端が尖った巨大な一本の柱……いや、杭だった。
『敵襲!』
セブの声が響き渡る。
と同時に門が勢いよく左右にスライドし始め、海水に満たされた立坑部分とその先に居る一体の存在が露わになる。
「アイツは……まさか……」
「やっぱりそうだったんだね……」
そいつは立坑の中心で、こちらに向けて右腕をまっすぐに伸ばしており、向けられた右手の中心部分には先程俺たちの前を通過したものと同一のものと思しき杭の先端が見えていた。
だが、そんな事よりもなによりも俺たちの目を惹き、驚かせたのは、そいつの姿に見覚えがあったからだ。
そう、そいつはこう呼ばれていた。
悪魔級ミアズマント・タイプ:エイプ特異個体、通称……
「『崩落猿』!?」
と。
『キエアアアアアァァァァァ!!』
『来ます!』
そして、俺たちが驚く事も気にせず、『崩落猿』は叫び声を上げながら、こちらに向けて両腕を向け、両の掌から閃光が放たれた。
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