第321話「M6-1」
「さて、いよいよだな」
俺たちが『クラーレ』に戻って来てから一ヶ月ちょっと。
遂にその時がやって来ていた。
「そうだね。いよいよだ」
「ちょっと緊張してきたね」
今日はダイオークスから俺たちを乗せた『トリコテセン』が出航し、『守護者』の元に向かい始める日である。
「しかし随分と時間がかかったな」
「私としては一ヶ月で済んだのはだいぶ早い方だと思うんだけど……」
なお、『トリコテセン』の試験航行が一週間で終わる予定だったにも関わらず、今日まで出航予定日が伸びたのは、試験航行で露わになった『トリコテセン』の問題点を洗い出し、改善すると言う流れを数回繰り返したためである。
うん、ミスリの言うとおり、むしろよく一ヶ月で終わらせた物だと思う。
「ロノヲニト。『シクスティ』の調子はどうですか?」
「システムオールグリーン。どこにも問題は見当たらないな」
それに、この一ヶ月は俺たちにとっても有益な物だった。
箱の中の世界で出来た事がこちらでも出来るかを確かめる事も出来たし、連携の確認も一通り取れた。
それに、実際に『トリコテセン』の機能を使ってみることで、その扱い方を学ぶ機会も得る事が出来た。
加えて、ノクスソークスが隠していたイヴ・リブラ博士関連の諸々を回収、解析し、利用するための準備も整えられた。
と言うわけで、総評するなら有益どころか、今後の為に欠かせない一月だったとも言える。
「食料を始め、資材の方の確認も終了しました」
「操舵系の方も問題ないってさ」
「二人ともお疲れ様」
で、『トリコテセン』は変態が送ってきた超が付くほど優秀なAIが搭載されているとはいえ、今までにない程に巨大な船である。
なので当然ではあるが、俺たちダイオークス26番塔外勤部隊第32小隊他数名だけでは、十全にその機能を利用する事は出来ないし、無駄も多くなってしまう。
「普通の瘴巨人も準備完了だと言っていたのじゃ」
「分かった」
そうでなくとも、数が多いと言うのはそれだけで武器になると言う事で、今回『トリコテセン』には俺たち以外にも特別仕様の瘴巨人がニ十体、そのパイロットが予備役含めて四十人以上、メカニックやその他諸々の要員として百数十名が乗り込み、合計すれば約二百人が『トリコテセン』に乗ることになっている。
なお、特別仕様と言うのは『守護者』が居るであろう深海の水圧や、高温や酸などへの対策、瘴気が動力源として使用できなくなっても『トリコテセン』の動力炉から亜空間を利用してエネルギーを供給できるようにしてあると言ったところである。
勿論、飛行も可能。
まあ、『トリコテセン』の防衛を主任務にするなら妥当な対策だろう。
「よし、書き終わったのね」
ちなみに、俺たち第32小隊は全員乗り込むのだが、トトリとロノヲニトは『シクスティ』で、ワンスは俺の補助、他の面々は『トリコテセン』内部でそれぞれの役目を果たす予定である。
うん、フィーファも付いて来るのはちょっと予想外だったな。
しかも資材管理と言う、地味だけど重要な役を引き受けてくれるとは……。
ありがたい事この上ないので、感謝するわけだけど。
「それではダイオークス中央塔塔長」
「分かった」
さて、最終チェックも終わり、後はダイオークス中央塔塔長の訓示を受けたら出航である。
「諸君らは……」
ただ、実を言えば全く不満点や不安点が無いわけでもない。
まず不満点は人員についてだ。
俺としては、治療役としてドクターことナントウ=コンプレークスについて来てもらいたかったと言うのが本音だ。
だが、当のドクターが……
『すまんのう。儂は既に社長から別に命令を受けておって、お主らには同行できないのじゃ』
と言い、二週間ほど前にダイオークスから去ってしまった。
なので、『トリコテセン』には普通の……『クラーレ』の中では優秀で体力のある医者が乗る事になった。
まあ、変態からの命令と言う事は、俺たちと『守護者』との間で発生する戦闘の余波に備えた何かか、俺たちが失敗した場合に備えた次善策か、俺たちが『守護者』を倒した後の展開に備えた何かだろう。
となれば、俺にはどうしようもない。
そもそもドクターに命令したり、何かを強要できるのは変態ぐらいだしな。
「どうしたんだい?ハル」
「ん?ああ、気にしなくても大丈夫だ」
で、不安点と言うのは、やはり『守護者』と『守護者』の周囲に居るであろう多数のミアズマントについてだ。
各地に存在している巨人級ミアズマントと特異個体の出現記録や噂を調べ、可能な限り多くの情報は集めたが、それでも『守護者』の居る領域の一端を掴めたかどうかというぐらいだろう。
「そうかい?ならいいけど」
まあ、巨人級ミアズマントについては心配いらないだろう。
俺が対応すればいい。
特異個体についても、この戦力ならば問題はないだろう。
「そう……大丈夫だ」
問題はやはり『守護者』だ。
『虚空還し』と言う自分から遠く離れた場所に作用させる力ですら、あの破壊力なのだから本体の能力もそれに見合うだけのものになるはず。
だが何時までも不安がってはいられない。
「その為の訓練は積んできたんだからな」
俺は兵器だ。
そして盾だ。
俺が迷えば、そのツケは俺自身ではなく、仲間が払うことになる。
だから不安に思わず、迷いを捨て、自らの全てを、自らの役目を果たすべくつぎ込む。
それが俺に出来る事だ。
「諸君らの奮闘を期待する!」
そうして、『トリコテセン』はダイオークスから出航した。
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