第32話「基礎訓練-5」
特に何か問題が起こる事も無く、おおよそ三十分経った後。
俺はミスリさんと雪飛さんの居る部屋に戻っていた。
「で、では、ハル様の身体測定をさせていただきます」
「よろしくお願いします」
で、俺の方は先程とは違って、雪飛さんが部屋の隅の方で資料を読み込んでいる状態で身体測定する事になった。
まあ、女性の方が気にしないのだったら、男にはそこまでの配慮は要らないよな。
「えと、まずは上に着ている服は全て脱いで貰っていいですか」
「分かりました」
と言うわけで、ミスリさんが服を入れるための籠を用意してくれたので、俺は上着を脱ぎ、折りたたんで籠の中に入れていく。
そして、俺が服を脱いでいる間にミスリさんも測定結果を記入するための用紙と思しき紙を用意していき、やがて測定の準備が整う。
「では、身長の方から順に測定させていただきますね」
「何時でもどうぞ」
ミスリさんがメジャーのような物を使って、俺の身体の各部……身長に始まり、胸囲、腕の太さ、肩幅、頭の円周、首の太さ、足の大きさ、太ももの太さ等々、文字通り全身をくまなく測定していく。
その手際は非常に良く、説明をしていた時のミスリさんとはまるで別人のよう……いや、もしかしたら、こちらが本来の職人としてのミスリさんで、さっきまでのは説明と言う慣れない事をやっていたためなのかもしれないな。
ただ、一つ突っ込みたい事が有る。
「ボソッ……(意外と筋肉は付いてないんですね。でも、既に硬くなり始めているし、これなら直ぐに筋肉は付くかな)」
「ボソッ……(何だろう。凄くいい匂いがしますね。男の方からこんな匂いを嗅いだのは初めてです)」
「ボソッ……(えと、腰周りを測る時は気を付けないと拙いですよね。男の方のアソコは凄く敏感だって言いますし)」
「…………」
ミスリさん。
貴女としては俺には聞こえていないつもりで呟いているのかもしれませんが、思いっきり聞こえています。
おかげで俺は平常心を保つために心の中で必死になっています。
正直に言って、美男美女が多いダイオークスの中でも、美人分類に入るであろう貴女にこういう事を言われていると、色んな意味でキツいです。
いや、雪飛さんがこちらを時折チラ見する以外に、何ら反応を示していない辺りからして、俺の耳が良すぎるだけだとは思っているんだけどさ……本当にいつの間にこんなに耳が良くなったんだか。
「はい。これで測定終了です」
「どうもです」
それからどれだけ経っただろうか?
ミスリさんがその言葉を発すると同時に俺から離れてくれたおかげで、俺の心に平穏が戻ってくる。
ふう、長く厳しい、男の本能と理性の戦いだった。
割と冗談抜きに雪飛さんと言う第三者が居てくれて助かったかもしれないな。
「では、具体的にどういう方針で強化服としての機能を搭載するかの話し合いに移行しましょうか」
「だってさ、ハル君」
「分かった。ちょっと待ってくれ」
そして、測定と俺の着替えも終わったところで、本日の本題その二である、強化服の方針についてである。
「さてと、それでお二人はどういう強化服としての機能をお求めになられますか?」
「えと……」
「決まっているなら、雪飛さんが先に言っていいよ」
雪飛さんが視線でどちらが先に話すかを求めてきたようなので、俺は後で構わないと応じておく。
「じゃあ、先に言わせてもらうね」
「どうぞ」
そして雪飛さんが防護服に搭載する強化服としての機能について話していく。
まず、雪飛さんは外に出る際には瘴巨人に乗る事になるのが分かっている事に加えて、外に出る目的が戦闘ではなく調査であると言う理由を先に述べる。
そのため、強化服の機能として求めたのは、腕力や速力の強化ではなく、防御能力と精密な動作に対する補助だった。
加えて、出来る限りに身体の大きさに合った防護服にしてもらいたいと言う要望も述べていた。
どうにも、最初に飛ばされた場所からダイオークスに来るまでの間は多少の無理をしてレッドさんの防護服を使わせてもらっていたらしいが、男女差と身長差から、かなり動きづらかったらしい。
まあ、その件についてはライさんとオルガさんの防護服じゃ、そもそも入らなかったからしょうがないんだろう。
「なるほど。良く分かりました。出来る限り対応させてもらいますね」
「よろしくお願いします」
「それで、ハル様の方ですが……」
「大丈夫。ちゃんと決まってるから」
で、雪飛さんの話が終わったところで、俺の番が回ってくる。
まあ、既に方針は決まっているので、ただ話すだけなのだが。
「俺が求めるのは……」
俺が求めたのも雪飛さんが求めたものに近く、まず第一としたのは防御能力、次が敏捷性、その後に精密さや索敵関係だった。
まあ、あの巨大なドラゴンを間近で見た身としては、どうしたって生存能力を優先したくなる。
おまけに俺の場合、攻撃能力に関しては【堅牢なる左】を扱えるようになれば十分だと言うのもあり、防護服でそちらの能力を強化するのを求める必要が無いと言うのも、この選択肢を取った理由として挙げられる。
「なるほど」
「で、こっちは出来ればと言うか、俺の特異体質を鑑みての事なんですけど、脱瘴機構については外してもらって構わないので、その分だけ強化服としての機能を優先してもらっても構わないですか?」
「あ、はい。勿論です!」
で、脱瘴機構については、瘴気の形態性質を無効化できる俺には必要ないので外してもらう。
見るからに重そうだし、弱点にもなってそうだもんな。アレ。
「では、ハル様。トトリ様。お二方の方針と要望は聞けましたので、今日の話し合いにつきましてはこれで終了になります。お疲れ様でした」
「「ありがとうございました」」
その後、具体的にどういう機能を持った瘴金属を使うのかや、今後の日程についての話し合いを終えた所で、その日の話し合いは終わり、俺と雪飛さんは礼を言ってから部屋を去ることになった。
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