第318話「トリコテセン-6」
「さて……」
俺は『国食み』に向かって飛びながら、【シンなる央】が生み出す魔力を右手に集め始める。
と同時に『国食み』の様子も観察してみるが……うん、俺に注意を払っている感じは無いな。
「まずは一発……」
まあ仕方がないな。
『国食み』からしてみれば、俺はその身体に寄生させているフリーよりも更に小さな存在が飛んできているだけに過ぎないのだから。
「かましてやるか」
なら俺はその油断を大いに利用させてもらうとしよう。
『グル……』
『国食み』が再びフリーを射出する体勢を取る。
だが、『国食み』がフリーを射出する前に、俺は『国食み』の上に位置取る事に成功する。
そして、既に右手には十分な量の魔力が集まっている。
うん、これならいけるな。
「【苛烈なる右】……最大出力モード。起動!」
俺は【苛烈なる右】を起動。
俺の右腕から魔力が大きく伸び、俺本来の姿の右腕の形を取る。
『!?』
この時点で『国食み』は俺の存在と大量の魔力に気づくが、もう遅い。
「おい、『国食み』とやら……」
骨が生み出され、肉が繋がり、血が流れ、神経が通い、皮が張られ、鱗と爪が生え揃い、【苛烈なる右】が生成される。
『国食み』が俺の魔力の量に驚き、呆けるその一瞬の間に。
「何を呆けている?」
【苛烈なる右】の表皮から魔力が溢れだし、爪の先からは物質を分解する力場が放出され始める。
『グ……』
『国食み』の様子は?
「何を怯えている?何を躊躇っている?何を畏れている?何を迷っている?」
『グル……』
どう動けばいいか迷っているようだった。
勿論、それほど長い時間迷っているわけでは無い。
だが、あの変態との修業を経た俺からしてみれば、致命的と言ってしまっても構わない程の迷いであり、隙だった。
「ま、俺にとってはどうでもいいがな」
そして、その隙を見逃してやる必要は俺には無い。
「消し飛べ」
『グルアアァァ!』
俺は【苛烈なる右】を振り下ろす。
『国食み』は今更逃げ出そうとするが遅すぎる。
【苛烈なる右】は『国食み』が一歩目を踏み出す前に、その身体に到達。
分解の力場の効果もあって、一切の抵抗なく【苛烈なる右】は進んでいく。
『『『ーーーーーーー!?』』』
そして、『国食み』がその身に寄生させていたフリーごとまとめて分解。
同時に粒子状になった金属片と俺の魔力を燃焼材として多段的に爆発が発生し、ミアズマントとして生きる為に必要な要素を悉く破壊していく。
やがて俺の右手が地面に着き……
「ふんっ!」
周辺の大気を全て揺らすような爆発音とともに、地面から瘴境の上に到達するほどの土煙が吹き上がった。
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「終わったぞー……」
『『『ーーーーー!?』』』
「と、随分と騒がしいな」
さて、『国食み』を倒した事を目視含めた各種方法で確かめた俺はその報告をしつつ『トリコテセン』に帰ろうと思ったのだが……無線機から聞こえてくる声が異様に騒がしい。
「ドクター。何が有ったんで?」
『お主があっさりと『国食み』を倒したせいで、混乱してるようじゃな』
「あっさりって……」
で、どうして騒がしいかと思ったら、普通の人間には俺が『国食み』を一撃で倒す光景は少々どころでなく刺激が強かったらしい。
なお、ここで言う普通の人間にはトトリたちは含まれない。
無線機から聞こえてくる声にはトトリたちの声は含まれていないしな。
「あの程度の相手、あの変態と訓練をしたなら一蹴出来て当然だと思うんだが……」
『まあ、そうじゃろうな……』
と言うか、指導したのがウスヤミさんとは言え、トトリたちも『守護者』と戦えるだけの訓練を積んだのだ。
この程度で慌てるはずがないのである。
『じゃが、普通の人間にとって『国食み』と言うのは、言わば伝説上の存在だったわけじゃしなぁ……それが一撃で塵と化したら、そりゃあパニックの一つや二つは起こして当然じゃろう』
「そう言う物ですか?」
『そう言うものじゃ』
しかし伝説上の存在かぁ……正直あの程度でかと思ってしまう。
ぶっちゃけ、ただ単に図体がデカいだけのミアズマントだったぞ。
まあ、その図体がデカいってのが、普通の人間には脅威なんだろうけど。
「とりあえず『トリコテセン』に戻りますんで、その間に普通の人間たちを落ち着かせてもらっていいですか?」
『分かった。その辺りは儂の方で適当にやっておくとしよう』
いずれにしても『国食み』を倒した事は確かなので、とっとと『トリコテセン』に戻るとしよう。
「ところでドクター?」
『なんじゃ?』
「ワンスたちはどうしてます?」
『周りの混乱には目もくれず自分たちで『トリコテセン』のマニュアルを見つけて読み漁っているようじゃぞ』
で、帰る前にちょっと気になったのでワンスたちについて尋ねてみたのだが……うん、道理で声が聞こえてこないはずだ。
俺が万一しくじっても問題無いように、今後『トリコテセン』を操るために必要な準備をしていたわけか。
「なるほど。じゃ、戻ります」
『うむ』
そうして、ワンスたちがどうしているかも分かったところで、俺は『トリコテセン』に戻るのであった。