第312話「箱の中の世界-9」
「はっ!」
「よっと」
俺は【苛烈なる右】で変態を攻撃する。
が、変態はそれを難なく避け、【苛烈なる右】が当たった地面は分解され、砂埃が巻き上がる。
だがこれでいい。
「ふんっ!」
俺は巻き上がった砂ぼこりにその身を隠し、変態の視界から逃れると【堅牢なる左】と【威風なる後】を同時に発動することによって急加速。
「死ねや変態!」
そして、変態の能力も考慮して、真正面から変態に向けて突撃を行う。
「うん」
「ぐっ!?」
が、変態は難なく【苛烈なる右】を力場ごと掴み、俺の突撃を止める。
くっ……後もう少し、後もう少しでその顔に【苛烈なる右】の力場が届いたと言うのに、直接触れるだけの距離ならば、【シンなる央】の力でもって無理やりゴリ押す事も出来たと言うのに。
「中々に良い攻め手だったな」
「うおっ!?」
変態が俺の事を大きく投げ飛ばす。
勿論俺は【不抜なる下】の力でもって空中に留まろうとするが……
「これなら及第点と……」
地面の方から近づいてくる。
間違いなく俺の居る位置は固定されているのに、地面が近づいてくる。
変態が地面の方を動かしているのだ。
この前も奴は同じような事をやっていた。
いずれにしても……
「言っていいだろうな」
「ふざけんなああぁぁ!?」
俺にはその攻撃から身を守る方法は有っても、回避する方法は無く、俺の身体に地面が叩きつけられ、明らかに速度以上のダメージを受けた俺は幾百度目の気絶を経験することとなった。
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「……。で、及第点ってのはどういう意味だ?」
「ん?ああ、聞こえていたのか」
意識が戻ってきた頃。
俺は地面に這いつくばった状態のまま、変態に話しかける。
なお、這いつくばったままの状態になっているのは、立てないからでは無く、地面が垂直の状態のままだからである。
変態は平然と地面と垂直の方向に身体を向けて立っているが。
「そのままの意味だよ。今のお前なら、『守護者』相手にも勝ち目はある」
「根拠は?」
「俺の能力」
「……」
で、及第点と言う言葉の意味だが、文字通りの意味らしい。
変態の能力はこの特訓の最中で感じた限りでは、その名前の通りチラリズムに関わる事に対して異常なまでの理解度と応用力だと思う。
うん、とんでもない事に、変態にとっては二つ以上の事柄が有れば、大抵の場合は何かしらのチラリズムを発見して、自分の力として利用出来る。
そして、その利用の結果が先程の地面投げである。
「なら納得する他ないな」
「ほう、随分と素直になったな」
「アンタの能力は散々見せられたからな」
「ははは、そうか」
変態が感心したような口ぶりでそう言うが、そんな能力の保有者が及第点……可能か可能でないかの境界線を見極める必要がある事柄について言及したのだ。
その信頼度はエイリアスの『真眼』と同じかそれ以上と言っていいだろう。
「ただ言っておくが、『守護者』との戦いでお前が第一に行うべきは攻撃じゃあない」
「分かってる。最優先は防御だろ。それも俺自身のじゃなくて、俺以外の皆の」
「そうだ。攻撃は絶対に大丈夫だと言える時だけにしておけ。どの道お前の火力じゃ、『守護者』の守りを破って致命傷を与える事なんて早々出来ないしな。及第点と言うのも、攻撃面では無く防御面での話に限ってだ」
ただ、及第点は及第点でも、防御だけか。
まあ、俺の能力上、確かに攻撃よりも防御の方が得意なのは確かだし、変態の特訓も攻撃の特訓では無く、防御と他のメンバーに向けられた攻撃を自分に寄せるような特訓ばかりだったしな。
ならば納得する他ない。
「ま、攻撃面については心配するな。ちょくちょく見に行った限りじゃあ、他の娘たちも中々いい感じに育ってたからな。基本的には任せておけばいい」
「了解」
と、ここでようやく地面が本来の向きに戻り、俺は立ち上がることが出来る。
変態がトトリたちの訓練も見ていた件については……気にするだけ無駄だな。
俺が気絶していた時間はそれなりに有ったし、そもそもとして、この変態は俺の訓練中にもう一人の自分を生み出してタンデムで殴り掛かって来るなんて真似もしていたしな。
そのもう一人の自分をトトリたちの元に送っていれば、普通に知れるはずだ。
「じゃ、あの娘たちと合流して、元の世界にお前たちを戻すとしよう。そろそろあっちじゃ二月は経つはずだしな」
「二月……ね」
ちなみに、俺の主観では半年以上……恐らくは一年ほど特訓を続けていたように思う。
まあ、時間のずれについては、俺たちが今居る箱の力と目の前の変態の能力を考えれば、幾らでもどうにでも出来るだろう。
それこそ、目の前の変態だったら時間と時間の隙間に認識出来るか出来ないかのチラリズムを見出し、一瞬と言う時間を数千倍に引き延ばすとかも出来そうだ。
「勿論そう言う事も出来るぞ」
「……」
出来るらしい。
読心含めて。
そう言えば、本来は大剣を使うって言ってたしなぁ……やっぱり訓練と言う事で、色々と考えていたらしい。
「さ、帰るぞー」
「へーい」
そして俺はトトリたちと合流し、元の世界に帰ったのだった。




