第31話「基礎訓練-4」
「測定と方針……ですか」
「はい。と言っても、先に一通りの説明はさせていただきますので、ご安心ください」
「ありがとうございます」
ミスリさんはそう言うと、机の上に複数の資料を置き、その後ホワイトボードの方に文字を書き始める。
「もしかしたら既にご存知かもしれませんが、外勤部隊の方々がダイオークスの外で用いられる防護服には主に二つの機能が搭載されています」
ミスリさんがホワイトボードに書いたのは、一見すれば宇宙服を着込んだ人のようにも見える図だった。
ただ、図中の人の胸部には大きな四角が書かれ、手足の部分については所々で黒く塗られている。
「一つは瘴気に満たされた外気から皆様の身を守ると同時に、瘴気を抜いた空気を供給する機能であり、こちらは全ての防護服に共通の規格で搭載されているもので、外では文字通りに生命線になる機能になります。これを脱瘴機構と言います」
ミスリさんはそう言うと図中の人の胸部に書かれた四角に向かって矢印を伸ばし、矢印の根元には脱瘴機構と書く。
「共通の規格と言う事は、こっちについては俺たちが言う事は無いんですね」
「はい。設置場所の調整ぐらいは出来ますが、それは実際に着てみないと何処が良いかは分かり辛い物ですし、今日は殆ど関係ないです」
ミスリさんはそう言うと大きく頷くが、瘴気の形態性質を無効化できる俺には恐らく要らない機能になるんだろうなぁ……これ。
まあ、今日は関係ないと言うなら流しておこう。
「これがあの時に有ったらなぁ……」
と、俺の隣で雪飛さんが小さくそう呟く。
恐らくはこの世界に来た時の事を思い出しているのだろう。
そちらについても俺が言えることは無いので、黙っておく。
そもそも、雪飛さんは自分の声が俺に聞こえているとは思っていないだろうし。
「で、今日問題になりますのは、もう一つの機能。最新の瘴気学に基づいて、各種瘴金属を設置する事によって得られる強化服としての機能です」
ミスリさんはそう言うと図中の人の手足の内、黒く塗られた部分に向かって複数の矢印を伸ばす。
「こちらの機能につきましては、着用される方の特異体質、役目、身体能力、目的、希望、その他諸々に合せて調節される物であり、隊員一人一人で別なもの……つまりはオーダーメイドになります」
「つまり、方針と言うのは……」
「はい。こちらの強化服として機能部分についての事になります」
「なるほど」
俺はミスリさんの言葉に大きく頷く。
恐らくだが、俺がダスパさんたちに初めて会った時にニースさんが見せた跳躍力や、空中での踏み込み、それにコルチさんの怪力なんかは、この強化服としての機能だったのだろう。
となれば、この機能として搭載する物に何を選ぶのかは、かなり重要な……それこそ生死に直結するような物になるのだろう。
「えと、それじゃあ、今私たちの前に有るこの資料は……」
「はい。現状の瘴気学で搭載可能な機能の目録になります」
「凄く……多いですね」
ただ……その機能の数はどう考えても、何かしらの知識や目標も無しに自分に有った物を探り出せるような量では無かった。
とりあえず、俺としては辞書一冊分は間違いなく有るであろう量の資料から、自分に合った物を探り出すような真似はしたくない。
「はい。なので、これから身体の各部の測定を行いますが、その間に外に出るにあたって自分が必要だと思う機能や、果たしたい役割について考えておいて欲しいのです。希望さえ言っていただければ、私の方でハル様たちの希望に沿えそうな機能を提示することが出来ますから」
「ほっ……」
「良かった……」
そして、その思いについては俺も雪飛さんも共通したものだったのか、二人揃ってあからさまにほっとした様子を見せてしまう。
まあ、こればかりはな。うん。
「では測定を……」
「と、その前に一ついいですか?」
「は、ひゃい!」
身体を跳ねあげさせるほどに驚かなくてもと思ったが、指摘しても空気が悪くなるだけなので、其処は無視しておく。
聞きたい事優先だ。
「えと、今の説明だと、武器についての説明が無かったようなんですけど……」
「あ、はい。武器ですね。ちょっと待ってくださいね……」
ミスリさんは再びメモに目を通し始める。
どうやら事前に予想した流れには無かった事らしい。
これは悪い事をしてしまったかもな……。
「えと、武器につきましては、今後の基礎訓練の中で適性を見極める事になりますので、それからになりますね。今日決めるのが方針だけだと言うのは、そちらとの兼ね合いもあってのことになります。すみません、説明を忘れていて」
「い、いえ、こちらこそ流れを遮ってしまってすみませんでした……」
「ハル君……」
明らかに意気消沈したミスリさんが俺に向かって頭を下げてくる。
何と言うか、纏っている雰囲気もあって、凄く悪い事をした気分になるな。
「それではその……他に質問とかありますか?もしないのなら、測定の方に移りますけど……」
「大丈夫です」
「私も問題ないです」
ミスリさんの言葉に俺も雪飛さんも問題ないと返事を返す。
「で、では。トトリ様の測定から始めたいと思いますので、ハル様には一度部屋から退出していただいてもよろしいですか?」
「分かりました」
「だいたい三十分ほどかかりますから、休憩室の方で待っていてくださいね。そうしたら、終わり次第呼びに参りますから」
「ありがとうございます」
そして、トトリさんから測定を始めると言う事で俺は部屋の外に出ようとし、
「どんな美人さんが相手でも知らない人に付いて行ったりしたらダメだからね。ハル君」
「分かってるって……はぁ」
部屋の外に出る直前に雪飛さんから掛けられた言葉に、俺は溜め息を漏らしながら部屋の外に出た。
まあ、雪飛さんは俺の立場を鑑みて心配してくれているのだろう。たぶん。
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