第308話「箱の中の世界-5」
「さてとだ」
対『守護者』の特訓を受けることが決まった後、トトリたちはウスヤミさんの指導の下、必要な訓練を受けることになった。
が、俺だけは特別メニューだとかで、チラリズムによって別の空間に飛ばされた。
「既に分かっているとは思うが、今回の面子だとお前が矢面に立つ事……『守護者』に最も接近し、積極的に攻撃する役になる事は確定している。それはいいな」
「はい」
と言うわけで、現在の場所は見渡す限りの草原である。
うん、俺だけ別空間に飛ばすとか、こんな空間をあっさり用意できるとか、普段どれだけふざけていてもこういうことが出来るのを見せられると、やはりチラリズムは俺たちとは別格の存在なんだと実感させられるな。
それでも敬称を付ける気にはなれないのだけど。
どうして付けられないかって?
「よーし、それじゃあ『第1回、ハルハノイを死にそうで死なないペースで鍛える対『守護者』特別訓練』はっじまるよー!」
一瞬にしてチラリズムの姿が百人中九十九人が一目見ただけで心を射抜かれるような容姿に変化したかと思ったら、不穏な気配しか漂ってこない特訓の名前をこれまた万人を惹き付けるような可愛らしい声で言っちゃうからだろう。
と言うか、凄く可愛いくて性的な要素もそれなりにあるはずなのに、それっぽい気配を漂わせそうで漂わせないってのも凄いな。うん。
「えーと、その不穏な名称は……」
「それぐらいでもしないと、どれだけ時間をかけても足りないからだ」
あ、危ないところが見えそうで見えない変身バンクを挟んで、元の姿に戻った。
どうやらチラリズムは、容姿も性別も変身の仕方も自由であるらしい。
「足りない……ですか」
「足りないな。あれでも『守護者』は三百年間、人間の排除と別世界からの干渉抑制を行いつつ、外からアレを抑え続けてきた猛者だ。十全に力を発揮させないための策も後で授けてやるが、それでも倒す為に最低限必要な実力と言うのが明確に存在している。そして今のお前はそのラインに到達できていないのだ」
チラリズムは手首をチラリと見せながら、俺の方を指さす。
まあ、実力が足りないと言われたが、それは事実だろうな。
『守護者』の配下に過ぎない『崩落猿』にあれだけ苦戦させられたのだから。
「なるほど」
ただそうなると、足りないのは能力面の話では無く、技術面の話だろう。
能力面については、エイリアスとロノヲニトの二人に安全を確認してもらった上で【シンなる央】をインストールした時点で完成したと言っていいだろうし。
「まあ、そう言う訳で……とりあえず構えろ。ハルハノイ」
そう言うとチラリズムはゆっくりと体の向きを斜めにし、何かしらの武術の構えを取る。
「構えろって……」
「現状のお前の全力をまずは確かめる。どういう風に訓練を進めるかはそれからだ。それにだ……」
武器は持っていない。
持っていないが……
「男なら拳で語って見せてみるぐらいの事は出来るだろう?」
「っつ!?」
全身を突き刺すような殺気に、心を押し潰すような闘気、肉を抉るような邪気、骨を砕くような狂気、ありとあらゆる種類の害意を含んでいるような禍々しい気配がチラリズムの全身から発せられる。
だが、それほどの害意でありながら、なお微かに、けれど明確に感じられる先達者として俺を導かんとする思いのような物を匂わせてくる。
これが……これが多次元間貿易会社社長チラリズム=コンプレークスか。
ここまでくると、変態だとかチラリズムだとかそんなものはどうでもよくなってきて、最早とんでもないと言う感想しか出て来ないな。
「どうした?そのままの状態で俺の相手をする気か?」
「いいえ……」
これの相手をするならば、当然人間の姿では駄目だろう。
相手にもならない。
だが、最大出力状態も駄目だな。
アレはサイズがデカすぎて、人間サイズが相手だと、逆に戦いづらい。
となればだ。
「この姿で相手をさせてもらいます」
「ほう。流石にそれぐらいの事を考える頭は有るか」
俺は以前エイリアスが描いてくれた竜人の姿を基に、自分の人間の肉体の直ぐ上へ被せる様に能力を展開。
全身を黒い鱗で覆い、まるで黒い全身甲冑を身に着けたような姿になる。
「さてとだ……まずは十秒。全力で抗って見せろ」
そう言ってチラリズムは懐から一枚のコインを取り出し、俺に見せると、宙に向かって投げる。
「行くぞ」
そうしてコインが地面に着いた瞬間……
「『!?』」
【竜頭なる上】が何かを捉える暇も無く、【威風なる後】の圧力場をすり抜け、【堅牢なる左】と【堂々たる前】の守りを破って俺の腹に何かが突き刺さる。
そして、【不抜なる下】によって位置を固定していたにも関わらず俺は天高く吹き飛ばされ……衝撃と痛みによって俺の視界は黒く塗りつぶされ、気絶した。
「ボソッ……(うーん、こりゃあ今回の件が終わったら『神喰らい』から追加料金でも貰わないと、割に合わないかもな)」
気絶した直前に何か聞こえた気もするが、気にしたら心が折れるだけだと思う。