第307話「箱の中の世界-4」
「【シンなる央】。運んできた奴の説明じゃあ、お前さんのエネルギー関係の問題を解決できる能力らしいな」
「あ、ああ……」
「だがそれは……」
チラリズムはUSBメモリを軽く振りながら、俺たちにそれを見せつける。
俺たちの表情は?
俺自身は少々驚いた表情をしている。
他の皆は……トトリたちは片目の蛇を直接見ていないので、微妙な表情だが、ロノヲニトは見るからに嫌な物を見るような顔をしている。
「ん?どうした?」
「何か有りましたか?」
「あー、実を言うとだ……」
と言うわけで、片目の蛇を知らないウスヤミさんとチラリズムにそこら辺の状況を伝える。
で、その結果として……
「そういや、運んできた奴もこれはオリジナルじゃなくて、予備のコピーだって言ってたな」
「片目の蛇……ですか。もしかして……」
チラリズムは何かを思い出すようにそう呟き、ウスヤミさんは何かを考え込むようにそう告げる。
「まあ、とりあえずコイツについてはインストールしても大丈夫だと思うぞ。俺が調べた限りじゃ、本当にただのエネルギー供給装置としての役割しか感じ取れなかった」
「確かに怪しい何かは感じませんけど」
USBメモリとその中身である【シンなる央】については、確かに何の問題も無いかもしれない。
現に、あの時のように邪悪で禍々しい気配のような物はまるで感じないのだから。
まあ、念のために、エイリアスやロノヲニトに問題が起きない程度に軽く調べて貰ってから、インストールするぐらいの慎重さは必要かもしれないが。
「ちなみにコイツを持ってきた奴は一方的に『神喰らい』から命令されただけで、今の『神喰らい』関係についての情報は一切持っていなかったぞ」
「まあ、それはそうでしょうね」
後、このUSBメモリを持ってきた誰か……恐らくは俺と同じように『神喰らい』に造られたか、そうでなくとも深い影響を受けた人物であろうが、その誰かから『神喰らい』について最新の情報を得る事は出来なかったらしい。
ま、それが出来るなら、俺たちの元に来る前に『神喰らい』の元に押しかけているよな。
「ハルハノイ、ロノヲニト。確認ですが、貴方たちはその片目の蛇とやらから、強い悪意のような物を感じたのですね」
「え?ああはい。そうですけど」
「ああ、その通りだ」
「そうですか。となれば……間違いありませんね」
で、片目の蛇については、ウスヤミさんの方で心当たりがあるらしい。
「貴方たちの言う片目の蛇。それを仕込んだのは『神喰らい』ではなく、『狂悪者』です」
「『狂悪者』?」
そうしてウスヤミさんの口から出てきたのは、『狂悪者』と言う聞き慣れない単語だった。
いや、流れからして、二つ名のような物なのだろうが……なんだかいかにもあくどい事をやっていますと言う名前だった。
「『狂悪者』は『神喰らい』と違って、間違いなく私たちの敵に属する存在です」
「敵……ですか」
つまりはこれまでの話の流れからして、『守護者』が守っているものを己の力にしようとしている存在と言う事だな。
「でも、どうしてそんな人が仕込んだものがハル様の強化データの中に?」
「詳しい経緯までは分かりません。が、現在『狂悪者』と『神喰らい』は一緒に居る事が確認されています」
となると、『狂悪者』には自分の作ったデータを『神喰らい』の作ったデータに入れる機会は幾らでもありそうだな。
しかし、確実に敵と言える人物と一緒に居るって……もう、『神喰らい』も敵認定でいいんじゃないのか?
と思っていたら。
「加えて、『神喰らい』は戦闘能力とは全く別の理由でもって、『狂悪者』には逆らえないようになっています」
「逆らえない?」
「ええ、なので、『狂悪者』が命じれば、『神喰らい』としては『狂悪者』の作ったデータを混ぜないわけにはいかないことになります」
「……」
ふうむ……どうやらこれでもまだ、『神喰らい』がウスヤミさんの主を裏切っていると言うか、ウスヤミさんたちの敵であるとは言えないらしい。
しかし、どうして『神喰らい』は逆らえないんだ?
『神喰らい』程の力を持っているのなら、殆ど何でもやりたい放題な気がするんだがな。
ウスヤミさんがわざわざ実力以外の理由でもって、なんて言っている辺りからして、真正面から戦えば『神喰らい』の方が強いんだろうし。
「……」
「さあ?」
「俺が知っていると思うか?」
俺はウスヤミさんとチラリズムについて、どうしてと言う意思を込めた視線を向ける。
が、二人ともワザとらしい態度で目を逸らす。
うん、二人とも間違いなくその理由まで知っているな。
知っていても教えてくれないようだが。
「ま、今重要なのは、【シンなる央】を受け取るかどうかと、俺たちの特訓を受けるかどうかだ。そろそろ決めてくれ。時間軸の調整ってのは中々に面倒だからな」
さりげなくとんでもない単語が聞こえた気がするが……まあ、気にしても仕方がないので、それはさておいてだ。
「皆は……」
「ハル君に任せるよ」
「だね」
「分かった」
今考えるべきは『守護者』を倒すべく特訓を受けるか否か。
そして、その判断は俺がする事になった。
なら……だ。
「特訓を受けさせてください。お願いします」
特訓は受けるべきだろう。
『神喰らい』の意思とは関係なく、『クラーレ』と言う世界でこの先も生きる為に。
12/23誤字訂正