第305話「箱の中の世界-2」
「質問をしても?」
「当然の反応ですね。お好きにどうぞ。私が答えられる範囲なら答えましょう」
そう言いながら、ウスヤミさんは床の上に出ている下半身でシンクロナイズドスイミングのポーズを取り始めた変態の股間を踏みつけ、黙らせる。
うん、流石はドクターの上司な事だけはあるな。
上半身が埋まった程度じゃ小揺るぎもしない。
「何故俺たちを鍛えるんですか?」
「と、言いますと?」
「ウスヤミさんもチラリズムも、明らかに俺たち全員の力をひとまとめにしても傷一つ付けられないような実力者ですよね。だったら、俺たちを鍛えるよりも、自分たちで直接動いた方が確実だと思いますが?」
「確かに実力だけを見るならば、その通りではありますね」
さて、質問をしてもいいと言う事でさせて貰ったが、一つ目の質問には当然のように肯定の言葉が返ってくる。
「ですが、そこは私たちの側にも事情があるのです」
「具体的には?」
「『守護者』はその名の通り、とある物を守っています。そして、厄介な事に私たちのように強すぎる力を持っているものが、貴方たちの世界『クラーレ』に入ると、その『守護者』が守っているとある物が反応し、予期せぬ事態を引き起こす可能性が高いのです」
「予期せぬ事態……ですか」
「ええ、場合によっては世界の一つや二つ程度は一瞬で消滅しかねないと言っておきます」
「「「!?」」」
しかし、その後に続いた言葉は流石に予想外のものだった。
いや、『守護者』と言う名から、『虚空還し』が何かを守っているとは思っていた。
だが、まさかそこまで危険な物……世界すら滅ぼしかねないような物を守っていたとは……もしかしなくても、下手に手を出さず、放置し続けておいた方が良いんじゃないのか?
「そうですね。常識的に考えて、放置しておいた方が良いでしょう。実際、今の今まで私たちはそれを放置し続けてきました」
と、俺たちの表情の変化を察したのか、ウスヤミさんは感情を一切揺るがせる事無くそう言い切る。
「ただ、既にあの世界に住んでいる人間にとって、『守護者』は倒さなければならない相手になっています。彼女を放置していれば、近い内にあの世界の人間が滅びるのは確実です」
「「「……」」」
それは……確かにそうだろう。
『虚空還し』はミアズマントを統率している張本人であり、瘴気を生み出している元凶でもある。
これを放置し続ければ、今は一応拮抗することが出来ているが、いずれは……人間側が滅びるのは必定と言っていいだろう。
それは無限に沸く敵と、有限でしかない俺たちが戦う上では当然の事と言えた。
だが、だがしかしだ。
「それで、『守護者』を倒した後、ウスヤミさんたちは『守護者』が守っていた物をどうするつもりなんだ?」
もしも仮に、ウスヤミさんたちが『虚空還し』が守っていた物を他の存在を攻撃するような目的の為に用いるのであれば……『クラーレ』に住む人間たちには悪いが、『守護者』を倒すわけにはいかないだろう。
その……場合によっては『守護者』以上に危険な力が、俺たちに向けられない可能性などどこにもないのだから。
「破壊します。あれは誰かが御せるような物ではありませんから。そもそもとして、あの時ご主人様が行った封印と言う処置も、時間稼ぎ以上の意味を持っていなかったでしょうしね」
「ご主人様?」
俺はウスヤミさんの言葉に、思わずいつの間にか椅子に座り直し、歯をチラ見せしながら昆布茶を白磁のカップから啜る変態に視線を向けてしまう。
「違います。こんな変態が私の主人の筈有るわけ無いでしょう」
「ですよねー」
ああうん、やっぱり違ったか。
さっきの一撃とか、どちらかと言えば怨敵に対して放つような一撃だったしな。
「それにしても破壊……ですか。出来るのですか?貴方たちが近づくだけでも何が起きるのか分からないのですよね?」
「我々の計画通りに事が進むのであれば、可能ではあります。尤も、不確定要素が多々混ざっていますので、間違っても断定はできませんが」
「なるほど」
ナイチェルの言葉に返ってきたのは確実ではないと言う言葉。
まあ、先程ウスヤミさんが零した言葉からして、ウスヤミさんの主でも時間稼ぎの封印をするのがやっとだったものと言う話だしな。
むしろ破壊できると断定された方が、よほど信頼は出来ないかもしれない。
「ところで」
しかし、こうなると『守護者』を倒した後に発生する問題についても既に対策は出来ていると言う事になるわけで、倒すと言う選択肢も十分に取る価値があるわけか。
まあ、その対策がどういう物なのかと言う具体的な説明を受けなければ、完全に信頼する事は出来ないのだが。
そして、その対策を見せてもらう前に、一つ絶対に確認しておくべき事が有る。
「ウスヤミさん。貴女と『神喰らい』の関係はどんなものですか?」
「私と『神喰らい』の関係……ですか」
それはウスヤミさんと『神喰らい』エブリラ=エクリプスの関係性について。
敵なのか味方なのか、それとも中立的な関係なのか。
いずれにしても、確かめずに置いておくには大き過ぎる部分だった。