第304話「箱の中の世界-1」
「どうなって……」
「さて、まずは自己紹介といこうか」
困惑する俺たちを無視して、水色髪の男性はカップに口を付け、その中身を口に含み、ゆっくりと飲む。
「俺は多次元間貿易会社コンプレックス社長、チラリズム=コンプレークス」
「コンプレー……クス?」
「まあ、早い話がお前たちがドクターと呼んでいるナントウ=コンプレークスの上司だ」
「「「!?」」」
男性……チラリズムさんの言葉に、俺たちは反応せざるを得なかった。
だが、今の言葉が本当ならば、ドクターが利用している異世界転移技術を実際に保有しているのは目の前に居るこの人物であり、ドクターが異世界転移技術を隠していたのは、この人物の指示による可能性が高いと言う事だ。
しかし、こんなに若そうな見た目で、老人にしか見えないドクターの上司と言うのは……。
「ちなみに最近のマイブームは風でスカートがめくれ、パンツが見えそうで見えないと言うチラリズム。いやー、一周回って原点回帰した気分だな」
「「「……」」」
ああうん、ドクターの上司だ。
方向性は違うけど、明らかにドクター以上の変態だ。
今だって、どういう原理によるものかは分からないが、髪がなびいて耳が見えそうで見えないようになっていたり、腕が動いて脇が見えそうで見えなかったりしているし。
うん、全然嬉しくない。
男のチラリズムとかまるで嬉しくない。
「つまり何が言いたいかと言えば、しb……」
「いい加減にしなさい」
で、チラリズムの自身の性癖を曝露する台詞だが、それ以上続く事は無かった。
何処からともなく現れた由緒正しいメイド服にバイザーを付け、額から一本の角を生やした女性が手に盛った銀製と思しき盆でチラリズムの頭を殴りつけたからだ。
なお、こう言うと小突いただけのように聞こえるが……
「うわぁ……」
「大丈夫なのか……」
「めり込んでるのね」
「ボソッ……(これ死んだんじゃ……)」
実際にはチラリズムの頭が床にめり込むような威力であり、殴る瞬間には爆発音のような物まで聞こえていた。
うん、この女性は絶対に怒らせてはいけないな。
後……
「エイリアス。それに皆もいつの間に……」
「あ、黒ドラゴンなのね」
「本当なのじゃ」
「ハル様」
「これは一体……」
いつの間にか、エイリアス、ナイチェル、フィーファ、ミスリ、トゥリエ教授の五人が俺たちと同じように椅子に座らされていた。
「それはだな。時空の境界に生じるチラリズム……」
チラリズムが頭を床下に埋めたまま何かを説明しようとする。
「!?」
「「「なっ!?」」」
が、その前にメイド服の女性がさらに追撃。
チラリズムの上半身が完全に床下に埋まり、下半身もどこぞの殺人事件の被害者のような状態になってしまう。
ああうん、もしかしなくても死んだんじゃないかな?
とりあえず普通の人間なら絶対に死んでると思う。
「この人に説明をさせると、何時まで経っても本題に行き着きませんので、私の方から簡単に説明させていただきます。あ、私の名前はウスヤミと申しますので、以後よろしくお願いします」
で、チラリズムをそんな状態にした張本人……メイド服の女性ことウスヤミさんは、チラリズムの事を一切気にする様子も無く、スカートに着いた埃を軽く払うと、おもむろに説明を始める。
うん、今は変態の安否よりも、情報の取得を優先するべきだな。
「まず、この場所ですが、ここはかつてそちらの三人……ハルハノイ、トトリ・ユキトビ、ワンス・バルバロの三人も入った事のある箱の中の世界です」
「えっ!?」
「なんだって!?」
で、ウスヤミさんの説明によれば、今俺たちが居るのはトキシードで入り、『クラーレ』と戦ったあの箱の中の世界だそうだ。
勿論、その箱は現在『アーピトキア』に存在しており、少なくともあの時あの場には無かったはずなのだが……。
そこは、そこに埋まっている変態の正体不明の超技術でもって、俺たちの誰にも悟られる事無く、肉体ごと箱の中の世界に飛ばしたらしい。
ちなみに、ドクターが旅行に行っていた理由には、この箱の中の世界に俺たちを飛ばすための準備をするためだったと言う側面もあったらしい。
主目的は変態の部下らしく、世界中の納豆を漁る為だったようだが。
「多次元間貿易会社コンプレックスには変態しか居ないのか……」
とりあえず、こう嘆いても文句は言われないと思う。
「マトモな方もいらっしゃいますよ。極一部ですが。あ、私は社員ではありませんよ。念のために言っておきますが」
ウスヤミさんも否定しないしな。
「それで、アタシたちが何処に居るのかは分かったけど、招いた理由は何なんだい?」
「そうですね。本題に入ってしまいましょうか」
さて、自己紹介と状況説明も終わったところで、本題である。
いったい、どういう理由でもってウスヤミさんと変態は俺たちをこの世界に呼んだんだろうな?
どちらも俺たちより遥かに格上な存在なのだから、それなりの理由があるはずだ。
うん、変態はともかく、ウスヤミさんには絶対にあるはずだ。
「それで本題ですが……単刀直入に言いましょう」
「「「ゴクッ……」」」
そしてウスヤミさんが言った言葉は……、
「私たちは貴方たちが『守護者』と戦えるように鍛えるべく来ました」
俺たちを鍛えに来たと言う物だった。